第九話 はじめてのクエスト(中編)
ムーンボウ自治区の町の中。
アンゼリカの案内で結菜はゆったりとした歩調で町の中を歩いていた。
「ところでアンゼリカ。アンゼリカは何を買いに行くの?」
とりあえず、一番大切なところを聞いていなかったことを思い出してそんな質問をぶつけてみる。
アンゼリカもそのことに気が付いたようで“あぁそうですね”と言って小さくうなづいた。
「私の普段使いの武器が壊れてしまいまして……予備で持っていたナイフはあなたに渡してしまいましたし、新しい武器を新調しようかと思いましてね。いやはや、前の武器はお気に入りだったので直してもらおうかとも思ったのですけれど、あまりにもひどい壊れ方をしていたのでそろそろ限界かななんて思ったわけですよ。というわけでその買い物に付き合ってください」
「武器ね……」
彼女がどんな武器を持っていたのか知らないが、結菜に渡されたのがナイフだった当たり、あまり大型のものではないのかもしれない。そうなると、護身用かはたまた携帯しやすいものを選んでいるだけかと言ったところだろうか?
結菜としても、全く興味がないというわけではないので別に問題はない。むしろ、この世界のことを知るためにはそういったものも見ておいた方がいいだろう。
日本では、基本的には武器を買うなんてことはないので、武器を売っている店がどんな場所かという想像はつきにくい。
この町の風景からして、木造の店内に所狭しと武器が並べられているのだろうか? それとも路地裏の暗い商店で怪しげな男が売っていたりとかそういったことがあるのだろうか?
想像を膨らませながら歩いていると前を歩くアンゼリカが立ち止まる。
「到着しました」
それがあまりにも唐突だったので考え事をしていた結菜は彼女とぶつかりそうになるが、その前に何とか止まる。
場所は冒険者ギルドがあるギルド通りを少し進んだところにある小さな木造の店。
入り口横には剣と盾があしらわれた看板が下がっている。間違いなく武器屋なのだろう。
「ここが目的地?」
「はい。そうです。昔から、武器を買うときはここで買っているんですよ。ついでにユイさんも紹介しましょうか。と、こんなところで立ち話をしていてもしょうがないですし、中に入りましょうか」
彼女は笑顔を浮かべて武器屋の扉を開ける。
カランコロンという音がなる喫茶店やなんかにありそうな鈴が付いている扉の向こうにはある種の予想通り所狭しと剣や槍、盾が並べられている光景が見える。
アンゼリカはそれらには目もくれず、スタスタと奥の方へと入っていく。
結菜は物珍しそうに周りを見ながらも彼女のあとについて店の奥の方へと足を踏み入れる。
外から見たときは小さな焦点だと思っていたのだが、予想以上に奥行きがあるようで並べられている武具の種類も豊富だ。
「ユイさん。商品を見るのは後でいいですか? とりあえず、あなたを店主に紹介します」
「えっうん。わかった」
もう少し店内を見てみたいと思ってしまうのだが、今回の目的はあくまでアンゼリカの買い物に付き合うことだ。
ギルドから歩いて五分程度の距離だから、行こうと思えばすぐに行けるのでゆっくりと店内を見て回るのはまた今度でいいだろう。
結菜は少し歩調を速めてアンゼリカに追いつく。
「レモマール。出てきてくくれませんか?」
店内に入ってから十分程度たつというのに店主は姿を現さない。
それを見かけたアンゼリカが店主のものと思われる名前を呼ぶが、返事は返ってこない。
「レモマール。せめて返事をしてください」
アンゼリカがもう一度呼ぶと、今度は店の奥の方でガタンという何かが重いものが落ちたような音が鳴る。
アンゼリカは小さくため息をつくと、その音の発生源と思われる方向へ向けて歩き出した。
「今の音って大丈夫なの? すごい音がしてたけど」
「この店ではいつものことなので気にしないでください……といっても難しいかもしれませんが。とりあえず、この店の店主に会えばわかりますよ」
「店主に?」
「はい。店主にです。まぁその、この町の住民は皆さんそうなのですけれど、一癖も二癖もある人が多く手ですね。この店の店主も例外ではないのですよ。とまぁこんな具合に」
アンゼリカと話をしながら入っていった店の奥にあったのは通路をふさぐようにして倒れている木箱の山だ。
ここに至るまで整然と武具が並んでいたので、この木箱もきれいに整理されて並べられていたのだろうが、何かしらの原因で崩れてしまったのだろう。いずれにせよ、先ほど店内に響いた大きな音の原因はこれとみてほぼ間違いない。まさか、きれいに整理されている店内に置いてこの場所だけが整理されていないということは考えづらいからだ。
「……これはまた今日も派手にやってくれましたね……レモマール。どこですか? 生きてますか?」
そんな光景を前にアンゼリカは店主の名前を呼び始める。
その行動から察するに崩れた木箱の山に埋もれているのかもしれない。
「アンゼリカ! この中に埋まっているなら早く助けないと!」
「いえ、いつもの事なんで大丈夫ですよ。むしろ、ムリに引っ張り出せば被害が拡大するので出てくるまで待っていた方が賢明です……というか、レモマール。いつものバイトちゃんはいないんですか?」
木箱をどかそうとする結菜を制しながら、アンゼリカは木箱の山に声をかけ続ける。
「……今日は、アイリス。おやすみ……買い物、来たならお代をカウンターに置いて、てきとーにもっていって」
いろいろと変えながら声をかけ続けること約十分。
ようやく木箱の山の中から返答が返ってきた。
「ちょっと、今日はそういうわけにはいかないんですよ。出てきてくれませんかね? 人見知りなのはわかりますけれどね。だからといって、そこらへんにあるモノを崩してそれの中に隠れているなんてやっていたらいつまでたっても一人で商売できませんよ」
「……わたし、これでいい。別にやりたくて、やってないし……」
「それじゃ困るんですよ。ほら、この前いつものが壊れちゃったじゃないですか。だから、新しい武具がほしくて来たんです。早く出てきて選んでくれませんか? あなたの観察眼が頼りなんです」
「…………いま、いく」
アンゼリカの説得に応じる気になったのか、そんな返事が聞こえてきた後、木箱の山がガタガタと音を立てて動く。
「……しらないひと、いたから……やりすぎた。出れない」
「あなたバカなんですか? こういうのはほどほどにしてくださいよ」
「……だって、しらない、ひと……いるのに。アイリスいないんだもん……」
「いつまでバイトちゃんに頼っている気ですか? はぁ……ユイさん。木箱をどかすので手伝ってください」
アンゼリカは深くため息をついて、山になった木箱を一つずつどかし始める。
結菜もアンゼリカの横に立って、慎重に木箱をどかし始めた。
積み重なっている木箱の一つ一つは小さいのだが、それが積み重なって結菜の身長以上の高さを誇っている。
横幅は人が二人並んで通れる通路を完全にふさぐほどあり、よほどの量の木箱を崩したのだとうかがえる。
「すごい量ね。というか、レモマールさん……だっけ? は大丈夫なの?」
「それなら問題ありませんよ。先ほども言った通りいつもの事ですし、本当にやばかったら返事なんて返ってきませんよ」
「いや、返事が返ってこなかったらやばいっていうレベルじゃないような気がするんだけど」
アンゼリカは非常に落ち着き払った様子なので、本当に日常茶飯事なのかもしれない。それなら、ここで焦ってこれ以上に状況をひどくしてしまっても大変だと考えて、慎重に箱をどかしていく。
山積みになっている木箱の中にはいくつかふたが開いているモノがあって、その中から弓矢やその他小さな武具が顔をのぞかせている。
木箱の山の中から聞こえてくる消え入りそうな声にアンゼリカが答えるのを聞きながら結菜はひたすら木箱を片付ける。
しばらくそれを繰り返していると、木箱の間から今にも折れてしまいそうな白い腕が姿を見せる。
「見つけた!」
結菜が叫ぶと、箱を置くために少し離れた場所にいたアンゼリカがやってくる。
「はぁこれはまた……ユイさん。引っ張り出しましょう。手伝ってください」
まだ腕しか見えていないにも関わらず、アンゼリカはその腕をつかんで引っ張り出そうと試みる。
もう少し周りのモノをどかしてからでもいいのではないかとも思ったのだが、結菜もとりあえずアンゼリカの腰あたりに手を回して一緒になって引っ張り始める。
「なんでわざわざ私の後ろに回るんですか?」
「あの腕を二人でつかもうっていう方が無理だと思うけれど? とりあえず、引っ張り出すんでしょ?」
「はい。それでは……いっせいのーで!」
アンゼリカの声に合わせて思い切り力を入れる。
すると、随分と低くなった木箱の山の中から小柄な少女が引っ張り出され、その反動で結菜とアンゼリカは少女を巻き込んで後ろへと倒れこむ。
「痛っ」
「……ユイさんが下敷きになってくれて助かりました。レモマールも大丈夫ですか?」
「…………うん。アンゼリカ、柔らかいから……痛くない」
結果的に一番上に乗る形になったレモマールは横に転がるようにしてアンゼリカの上から降りる。
「それで……武具がほしい、の? いつもの……やつ?」
「はい。加えて予備用のナイフも新しくほしくてですね。その辺見繕ってもらってもいいですか? 予算はよほどの額ではない限り気にしないで」
「……うん。大丈夫……前にアンゼリカ、来たあとに選んで……おいた。ナイフは……今から選ぶ」
「さすがですね。ありがとうございます。モノを見せてもらってもいいですか?」
「わかった。うん。ついてきて」
先ほどからアンゼリカとばかり会話するレモマールは全くと言っていいほど結菜と会話しようとしない。それどころか、顔すら見てくれない。
アンゼリカの言動を考えると、彼女は人見知りなのだろうが、これほどまでの人見知りでよく商売などやっていられるものだ。
身長よりも長い深緑色の髪の毛が床についているのすら気にする気配のないレモワールはそのまま店のさらに奥の方へ向けて歩いていく。
「ユイさん。行きますよ」
アンゼリカはアンゼリカで彼女のそんな行動に注意することなく、すたすたとその後ろについていく。
ここで待っていても仕方ないので結菜もそのあとについて店の奥の方へ向けて歩き出す。
それにしても、この店はどれだけ奥行があるのだろか? 店の奥へ向けて歩く結菜はぼんやりとそんなことを考えていた。




