プロローグ
とある世界の大陸のある場所。
どこまでも灰色の荒野が続く大地を一人の少女が歩いていた。
彼女の白銀の髪はあまり手入れがされていないのか、伸び放題になっており、もうすぐ地面に到達するのではないかというほどの長さだ。着ている服はボロボロで、持っているのは簡素な鞘に納められた剣のみといった状態であり、まともに食事がとれていないのかかなりやせ細っている。
しかし、彼女はたちどまることなく歩き続ける。彼女の行く先にも来た道も灰色の死の大地が続くばかりだ。
そんな死の大地と呼んでも過言ではない平原には少女以外の人の影がない。
そんな中、突如として少女の進路にある灰色の草むらから黒いどろどろとした体を持つモンスターが現れ、少女に襲い掛かる。
しかし、少女は表情一つ変えることなく手に持った剣でそれを両断した。
「……私はどちらにもなれないのね」
つい先ほどまでモンスターだったものを見下ろしながら少女はつぶやく。
彼女はしばらくの間そこに立っていたが、待てども待てども動かないそれに対する興味を失い、剣を鞘に納めて歩き出す。
彼女が行く先には道はなく、彼女が通ったところにも帰る道はない。
「こんな世界なんて壊れてしまえばいいのに」
救済を求めるわけでもなく、現状の打破すら望まない少女の言葉は灰色の大地をなでる強風でかき消される。
灰色の大地を歩き続ける少女は真っすぐと歩き続け、灰色の平原の向こうへと消えていった。
*
日本の首都東京から西へ約三百キロ。
大きな都市である名古屋から一時間圏内でありながら、のどかな風景が広がるその町にある田んぼを貫く一本道。
そこに夕日に照らされて、稲を刈り終えた田んぼに長い影を落とす人影が三つあった。
ここから少し離れたところにある高校の制服に身を包んだ三人は今まさに学校を終えて帰宅中だ。
「はぁ明日からテストか……めんどくさいですね。なんでこんな時間まで学校に残ってテスト対策なんかしないといけないんだか……」
その中の一人、先頭を歩いている御影結菜が口を開く。
彼女の黒くつやがある髪は田んぼを風が吹き抜けるたびなびくほどの長さがあり、少し長めの前髪には白い花をモチーフにした髪飾りがちょこんと居座っている。ぱっちりとした目と形の良い筋の通った鼻、桜色の唇、そして高校生にしては異様に低い背とスレンダーな体型が特徴の彼女はその顔につまらなそうな表情を浮かべていた。
成績優秀、容姿端麗……極度の運動音痴であることと、どう見ても中学生ぐらいにしか見えない背格好を除けば完璧な美少女と言っても過言ではない。先の彼女の一言はそんな背景から出てくる余裕の表れともとれる。
結菜は左手で持っている鞄からスマホを出して、画面に表示されている時計に視線を送る。画面の上部に表示されている時刻はまもなく5時になろうとしていた。
「成績優秀でいちいち勉強しなくてもいいお前ぐらいだよ。俺たちは勉強しないと赤点だから必死だよ。なぁ陽菜」
そんな彼女のつぶやきに対して返答を返すのは結菜の斜め後ろを歩いている時定勇樹だ。
結菜とは対照的に背が高くがっちりとした体型の彼は、髪を短く切りそろえ顔立ちもきりっとしている好青年だ。所属しているバスケットボール部ではその背の高さと抜群の運動神経を生かして、早々にレギュラーの座を勝ち取り、チームを何度も勝利に導いている。
その一方で勉強についてはまったくもってダメであり、定期試験のあとは赤点を取って補習に参加する関係で部活動に姿を現さないのが当たり前になっている。
それでもレギュラーの座を守れるということは、それだけ彼が優秀だということなのだろう。
「……私は勇樹ほど成績悪くないから、必死来いて勉強しなくても大丈夫よ。まぁどこかの誰かさんみたいに勉強しなくても余裕なんてことはないけれど」
最後に口を開いたのは三月陽菜だ。
緩くウェーブのかかった黒髪が特徴の彼女は身長、体格ともに平均的で中性的な顔立ちをしている。加えて、彼女は運動神経、成績の双方においても平均的であり、クラスメイトからは特徴がないのが特徴とまで言われてしまうぐらいだ。強いて言うならば、学年順位が常にちょうど真ん中であることが特徴であるともいえるかもしれない。
そんな陽菜を差し置いて、前を歩く結菜と勇樹がそろってため息をつく。
「まったく、俺も勉強しなくても成績がいいような人間になりたいよ」
「私だって、どんなスポーツをやっても必ず活躍できるような超人になってみたいものね」
お互いをうらやむ結菜と勇樹を陽菜はジト目でにらむ。
「まったく、あなたたちは両極端なのよ。片や全教科赤点常連組の運動バカ、もう片方は全教科100点の天才でありながら、ドッジボールで自らボールに当たりに行くような運動音痴……もう少し平均に近づけないの?」
「無理」
普通代表である陽菜の抗議に結菜と勇樹はぴったりと同じタイミングで振り向いて返答する。
そんな二人の返答を聞いて、陽菜は小さくため息をつく。
「まったく、あなたたちいっそのこと異世界にでも行ったらどう? 成績とか、運動能力とかどっちかが高ければ生きていけるような世界なら活躍できそうね」
突然飛び出した予想を斜めを行くような提案に勇樹は笑い声をあげる。
「あぁ確かに面白いかもな。そうなると、俺は勇者で結菜は参謀か?」
「それはないわね。私は適当なところで身を落ち着けて静かに暮らすの。それでいて、この世界で得た知識を使って楽に暮らすのよ。いいと思わない?」
「おいおい。それじゃ意味ないだろ? せっかくだから、何かやらないとさ」
手に持った傘を振り回して、ポーズを決める勇樹を見て、結菜は大きくため息をつく。
「何よ。異世界へ行ったかって、どこかのラノベの主人公みたく活躍する必要なんてないでしょ? 誰しもが何かしらの目的をもって大活躍できるなんて創作の世界ぐらいよ。そういうことがやりたいなら勝手にやってなさい」
「あら、思ったよりも好感触なのね」
二人の反応が意外だったのか、陽菜は目を丸く見開いている。
確かに普通だったら、こんな話を振られてこういった反応というのはないかもしれない。ただ、あくまで空想の話であり、現実ではありえないような話なので二人は彼女の冗談に付き合うぐらいのつもりで回答していた。
「……本当に異世界へ行きたいの?」
陽菜が普段に比べて低い声で質問を重ねる。
「陽菜?」
異変を感じ取った結菜は立ち止まり、彼女の名前を呼びながら振り向く。それと同時に勇樹が口を開いた。
「そうだな。そんなことできたら、本当に面白いかもしれないな」
「確かに聞き届けたわよ」
本格的に異変が生じたのはその直後であった。
陽菜の足元を中心に魔法陣のようなものが出現し、三人を包み込む。
「なんだこれ!」
勇樹が声を張り上げ、結菜は状況がわからずに呆然としている。ふと、陽菜の方を見てみれば、彼女は焦りを見せるわけでもなく、感情の感じられない冷たい視線で状況を静観していた。
「陽菜! あなた何を!」
結菜が陽菜の方へと向かおうとした直後、魔法陣は強い光を発して、結菜たちはそれに飲み込まれる。
光が消えた後、そこに彼女たちの姿はなくなっていた。
代わりにあるのは高校指定のカバンが三つと、傘やスマホといった三人が持っていた道具が道の真ん中に散乱しているのみで、それ以外に彼女たちがそこにいた痕跡はすっかりと消えていた。
この事件はのちに昼夜の失踪事件としてワイドショーをにぎわせるのだが、それはもう少し後の話だ。