王立学園
■2章
ここは王立魔法学園。魔法の才能を認められた女性のみが入学できる学園である。
そう「女性」のみが入学を許されるのだ。
「えーー、みなさんはこの世界の宝であり、えーーー、魔法というものは・・・・・・」
学園長らしき人の長ったらしい演説が続いている。
しかしクロノに眠気などは一向に襲ってこない。そういう状況ではないからである。
「・・・・僕もう村に帰りたくなってきた・・・・・・」
何故なら彼の周りには総勢百数十名の女子生徒がいるからなのである。
「もう腹をくくりなさいよ。あんたは私のためにこれから働く役目があるのよ」
「・・三年間も?やっぱり元に戻るだけなら、別の方法があったんじゃ・・・・」
既に入学式まで来ているのに、まだ煮え切らない様子のクロノ。
それに引き換え、セラのほうはなんだかよくわからない、やる気に満ちている。
そうやってセラとこそこそと会話をしていると、
「そこのあなた。学園長先生がお話していらっしゃるので、もう少しお静かに、ですよ?」
ふと隣の見知らない女子生徒から注意を受けた。
髪は肩くらいまでの美しい黒で、姿勢もスラっと綺麗にととのっている生徒だった。
まぁ、ごもっともな注意だったので、とりあえずセラとの言い合いをやめて黙り込むクロノ。
「なんなのよあの女。うるさいわね~」
セラは相変わらずだった。
そんな感じで、数分後には学園長の話も終わり、皆が教室に移動することとなった。
学園の廊下を歩いていく。見れば見るほど豪奢な建物で、
たかだか生徒総数三百人強のために、貴族の屋敷が数十個納まるんじゃないかという規模である。
魔法使いがいかにこの世界で立場が強いか、わからせてくれているようだ。
そんな風に考えをめぐらせている内に、どうやら自分の教室についたようだ。
「ここが僕の席か、真後ろの窓側、最高の位置だね。まぁ、寝たりはしないけどさ」
「当たり前よ。あんたは私のために、全ての情報を聞き逃さないよう、気を張ってなきゃいけないんだから」
横暴さ加減がいつもどおりセラ。しかし確かに騎士団への入学を諦めてまでこの学校に来たのである。
せめて成果を得られなければ、後悔の渦に飲み込まれそうになるだろう。
なんでセラのためにそこまでしているのかと疑問に思うクロノだが、
今まで散々振り回されてきて、付き合うのが当たり前になっているのかもしれない。
すると隣の席から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ごきげんよう。挨拶が遅れてしまいごめんなさい。私、ヴィータ・クノー・ランテと申します」
そこには先ほど講堂で注意してきた女子生徒がいた。
「あ、さっきの・・・・こちらこそ挨拶が遅れてごめん。僕の名前は、クロノ・セル・ウェイ。よろしく」
「僕?クロノ?まるで男性の方のような口調とお名前ですね」
「あ・・!いやそれは・・あのう・・なんと言うか」
「馬鹿!あんた何いきなりポカしてんのよ!?」
耳元で怒鳴るセラ。セラは今クロノの真っ黒な髪の毛の中に潜りこんでいる状態だ。
すぐ横からの怒鳴り声を気にする余裕も無いクロノは、すぐに思いつく言い訳を考えるのに必死だった。
「あ、わかりました。最近ちまたで流行の僕っ娘?というやつですね。この間雑誌で見かけました。
クロノというお名前はさすがに女性では珍しいと思うのですが・・・・」
「あー・・・・!それそれ!僕っていうのはそういうこと!あと僕はクロノじゃないよ、
「クロ」って言うんだ。さっきは緊張してて・・・・言い間違ってごめん」
「・・・クロさんですね。わかりました。ふつつかものですが、今日から一年よろしくお願いしますね」
可憐な笑顔を浮かべてこちらに挨拶してくるヴィータ。
姿勢も整っていて綺麗な子だなぁと考えていると、
「ふふふ、はじめは驚きました。まさか男性の方がこの学校に紛れ込んだんじゃないかと。
おかしなこと言ってますよね、私」
と、またしても可憐に笑うヴィータだが、クロノの内心にそんな余裕はなかった。
心臓がばくばくと動悸うち、冷や汗が出てきたのである。
「・・・はははっ。それは面白い話だね・・・。この学校に男が紛れ込んでいるなんて」
更にクロノの動悸は激しくなり、冷や汗が増してきた頃、
「は~い!みなさん~!席について下さいですよ~!」
皆を席につくよう、促す声が聞こえてきた。
担任の教師が来たか、と思いクロノも姿勢を正そうと思った時、
「ん?」
「あん?」
「あら?」
三者三様に不思議そうな声を上げた。
それもそのはず、教壇に立っているのは、クロノの胸辺りにも背丈が届かない、
髪は茶色のショートで黒い三角帽子をかぶっている子供だったからである。
「どこかから紛れ込んだのかな?子供がこの学校にいるなんて」
「迷子かしら?親御さんはこの学校にいらしているのかしら」
教室がざわめきだす。
「ガキがこんなところに何の用事かしら?子供は家に帰ってママのおっぱいちゅーちゅーよ~」
セラがクロノの耳元で教壇にいる子を冷やかしている。
周りの生徒たちも心配するものもいれば、からかっているものもいて、かなりの喧騒になる。
「・・・・・・みなさん~、先生をあんまりからかっていると、いい加減怒っちゃいますよ~?」
ゴゴゴゴ・・・・と地獄の底から響くような声が聞こえてきた。
「え?先生?あの子供が?いやいやそんな馬鹿な」
と笑い声を上げた瞬間、ヒュッと耳元を何かがかすめた。後ろを振り返ってみると、
そこには手のひらサイズに穴のあいた壁があった。
「え・・・・?」
危うく勢いで後ろに転がりそうになるクロノ。
「わかっていただけたですか~?私が担任のリタ・アーデ・クーですー」
凄まじい詠唱速度と、恐ろしい威力の魔法。
確かにとても子供にできるような芸当ではなかった。
というか黒い三角帽子を被っている時点で気づくべきであった。
黒の三角帽子は魔法使いの証。王立魔法学園を卒業したものに贈られるものである。
周囲がまたもざわめきだす。皆も気づきはじめたようだ。
リタが言っていることが真実だということに。
「マジかよ・・・」
クロノが唸る。それもしょうがないことである。本当に子供にしか見えない子が、
自分達の担任教師だと言うのだから。
「驚きましたね~。本当に先生だったなんて」
隣の席のヴィータも驚きを隠せないようだ。
そしてセラは・・・
「あんなガキが担任だなんて、この学校のレベルもたかが知れるわね~。
さっきの魔法も私にだってできるレベルだし」
依然見下したままの態度であった。
クロノはとりあえずいつも通りのセラのことは置いておいて、静かに席につくことに決めた。
「は~い、みなさんいい子ですね~。ちゃんと席につきましたね~。
ではではこれより簡単にこの世界と、この学園についての説明を始めますね~」
教室全体の空気が先ほどとはうって変わって静かになり、生徒全員がリタ教諭の話に耳を傾けていた。
先程クロノめがけてうたれた魔法がよっぽど効いたようだ。
「え~こほん、みなさんも当たり前にご存知かと思いますが、この世界はイデアと言います。
大樹ユグドラシルからのマナの恩恵で栄えている世界です。
私たちは生命力をユグドラシルに捧げる代わりに、ユグドラシルからマナを受け取り、
それによって魔法が行使できています」
ここまではクロノもよく知っている話だ。ユグドラシルと人間の関係は決して一方的なものではない。
生命力を捧げて、マナを受け取る。いわば等価交換だ。
「ただし生命力を捧げるということは、命を捧げているような物なのです。
人間の生命力には限りがあります。使い切れば命を失ってしまいます。
そこで生命力の量なのですが、残念な話ですが、これは持って生まれた才能でかなりの差が出ます」
そう、そこなのである。クロノには魔法の才能がまったくといってない。
火を起こす程度の日常的な魔法ですら扱えない。魔法が発生しないのである。
人間に生まれた以上生命力は誰しも多かれ少なかれ持っているものだと思うのだが、
何故かクロノには魔法が扱えない。
「なので、みなさんは一握りの選ばれた存在だということを自覚し、
この学園を卒業することに邁進していただきたいと思います」
選ばれた存在・・・そう魔法使いは選ばれた存在、しかしいい事ばかりではないことを
クロノは知っている。
「ここからの話は知らない方もいらっしゃるかもしれません。
それは、魔法使いになるということは「魔族」との戦争に駆り出される可能性があるということです。
魔族とは、この世界イデアの外側の大陸、魔大陸に存在する、人間を狙う悪魔のようなものです。
普段は騎士団が小競り合いをしている程度で済んではいますが、
これが大規模な戦争になってくると、確実に魔法使いの力が必要となります。
それがいつになるかはわかりませんが、魔族が戦争を仕掛けてきた時、
魔法使いが戦争に関わる可能性が高いということは間違いありません」
そう、これである。魔法使いは決して楽なことだけではない。
普段は自分の研究に没頭していればいいだけなのかもしれないが、
ひとだび戦争がはじまれば、兵士として戦う役目を担わされるのである。
「そしてこの学園についてですが、今のお話でお気づきの方もいらっしゃると思いますが、
そうです。この学園は魔族と戦う兵士を育てるための訓練場なのです」
みながどよめきだす。魔法使いになれたら楽に生きれるとだけ考えて、
この学園に入学したものも少なくはないからである。
「もう入学式は終わってはいますが、今からみなさんに選択肢を与えます。
この学園を今からでも辞めるか、それともこの学園に残りいずれ兵士として戦うことを選ぶか。
辞めるものを引き止めることはしません。明日の朝まで時間を与えますので、
今日の夜じっくり考えて、答えを出して下さい」
それでは解散します。と言い残し、リタが教室を出て行った。
すると教室が、先程リタが現れた時以上のどよめきで混乱しだした。
それもそうだろう、ほとんどの生徒が戦う覚悟などしていなかったのだ。
いきなりそれを今日一日で選べと言われて、混乱しないはずがない。
クロノはそもそも騎士団志望だったため、魔族の存在は知っていたし、戦う覚悟もできていた。
今更慌てることなど何もないのである。
すると隣の席から震える声がした。
「魔族・・魔族ってあれですよね?人間を食事にしているって言われる・・・・」
そこには真っ青になった顔で、立ち尽くすヴィータがいた。
ヴィータはこちらが気の毒になるくらいに震え、涙目になって怯えている。
そんなヴィータにクロノは何を言ってあげられるだろうと考えたが、
こればっかりは自分で決めるしかないし、嫌なら学園を辞めるしかないと考えてしまった。
しかし━━━
「僕が守るよ」
「・・・・え?」
咄嗟に言ってしまった言葉に、ヴィータが丸い大きな目を見開き、驚いている。
「そう・・・・ですか。クロさんが守ってくれるんですね・・ふふふ」
クロノの言葉で少し落ち着きを取り戻したヴィータが、涙を拭いながらこちらに笑顔を向けてくる。
咄嗟に出てしまった言葉だったが、少し照れくさくなったクロノは目を背けてしまう。
「ふふ、クロさんは照れ屋さんなんですね」
あえてヴィータから目を合わせないようにして、目を逸らし続けるクロノ。
何故かこの笑顔には適わないと思ってしまっていた。
━━━その夜。
学生寮に案内されたクロノはまたもその外観と内観に驚かされることになる。
学園だけならまだしも、寮もまた貴族の屋敷のような規模と作りで、やはりここでも魔法使いの力に驚かされる。
その後に行われた食事会も豪勢なもので、ここではセラと一緒に今だけしか食べられないというような勢いで
食事をむさぼった。
そして食事も終わり、寮の部屋に帰る道中、
「リタ君、学生諸君に選択肢を提示したというのは本当かね?」
「本当です。彼らには選ぶ権利があります」
寮の廊下でリタ教諭と学園長が何やら立て込んだ話をしているのを見つけてしまった。
そのまま立ち去ろうかとも思ったクロノだったが、何やら気になったようで、立ち聞きを始めた。
「しかし、今の国の戦力では、近々起こるかもしれぬ戦争に負けるやもしれぬ。
少しでも戦力の補充をせねば」
「それでも彼らには知る権利と選ぶ権利があります」
「リタ君、ことは戦争なのじゃ。そんな悠長なことは言っておられんよ」
「しかし学園長・・・・」
ガタッ!
そこで近々戦争が起こるかもしれないと言う話に動揺したクロノは
近くにあった箱に足をぶつけ、大きな物音を立ててしまう。
「誰じゃ!?」
「や・・・やばっ!」
「何してんのよあんた見つかっちゃうじゃない!」
耳元で相変わらず怒鳴るセラ。廊下の端の曲がり角に潜んでいたが、このままでは見つかってしまうと焦るクロノ。
「学園長。私が見てきます」
とリタ。足音が近づいてくる。もう駄目だなと諦めた瞬間、曲がり角までたどり着いたリタが一言。
「・・・・どうやらネズミだったようですね」
完全に気づかれていたようだが、どうやらかばってもらえたようだ。
そこでコソッとリタが一言。
「後で呼び出すので、このままここを動かないで下さい」
釘を刺された。とりあえずはおとなしく言うことを聞こうと逃げるのを諦めたクロノ。
数分後・・・・
「もういいですよ。出てきて下さい」
こそこそと出て行くクロノ。
「大丈夫ですよ。怒ったりはしませんから。その代わり一つ釘を刺したいので、わたしの部屋まで来てください」
こくりと頷き、前を進んでいくリタについていく。
見た目は子供だけど、先程の発言といい、大人なんだなぁと思い知らされた。
階段を二つ上り、曲がり角を左に一つ曲がった先に、リタの部屋があった。
「ここが私の部屋です。遠慮せずにどうぞ~」
と招きいれられ、言われるがままにについていく。
部屋の中は割りと質素なもので、壁紙などは豪華でも、あるものは机とベットのみで、
必要最低限のものしか置いていない様子だった。
ふうっと息をつきリタが自分の机の椅子に腰掛ける。
クロノは立ちすくんだままリタの次の言葉を待つ。
「いやー、聞かれちゃいましたね~」
「すみません、立ち聞きなんてして・・・・」
「いえ~あんなところで大事な話をしていた、私と学園長も軽率でした」
「いえ、そんな」
「えっと、あなたは確か私のクラスの、クロ・セル・ウェイさんですよね?」
頷くクロノ。
「あのですね~クロさんにはもう聞かれちゃったので話しちゃいますが、
近々本当に魔族との戦争がありそうなんです」
「はい、そう聞こえました」
「それでですね。クロさんには皆さんにこのことを黙っていてもらいたいのです。
私は話したほうがいいとは思っているんです。みなさんには知る権利があるので。
でも学園側はそうは思っていないんです。今はとにかく戦力の補充を。
それが学園側の意見なんです。いや~、雇われ教師は言うこと聞くしかないんですよね~」
「先生、一つご質問よろしいでしょうか?」
「はい?なんでしょうか?」
「自分達が学生の間に戦争が起こった場合、自分たちはどうなるのでしょうか?
一応魔法使い候補ということですが・・・・」
「う~ん、いい着眼点ですね~。こちら的には痛い所をつかれたのですが」
「と言いますと?」
「ぶっちゃけちゃうと、出兵される可能性が高いです。国は少しでも戦力を欲していますので、
戦場で魔法使いが不足すれば、学園側からも出さずにはいられないですから。
もちろん前線ではなく、後方支援などになるので、まだ安全だとは思いますが」
「そうですか・・・・ではそのことも一応黙っておいたほうがいいんでしょうか?」
「そうですね~、そうしてもらえると学園側としては助かりますね~。私個人の意見とは別ですが~」
やはりリタは学園側の意見には納得していないようで、あくまで生徒達には真実を告げるべきだと考えているらしい。
「私からのお話は以上です。何か質問等あれば受け付けますが」
「いえ大丈夫です。ありがとうございました」
「はい、それではまた明日教室でお会いしましょう~」
お辞儀をして、リタの部屋を後にするクロノ。
廊下に出て周りを確認し、ため息を一つつく。
「・・・・う~む、大変なことを知ってしまったような・・」
「━━━━まぁ、あくまで私達の目的は、私の姿を元に戻すことなんだから、色々と都合が悪くなったら、とんづらするのみよ!」
と、もぞもぞと動く、髪の中のセラが久しぶりにしゃべり出す。
ずっと話すのを我慢していたようだ。
「そうだね・・・・まだ先の話でもあるからね」
少し納得がいかない気分のクロノであったが、セラに促されるままに部屋に戻る。
色々とあった1日目も、なんとか無事終了し、長い夜が更けていく・・・・。