大会と差入れ
大会と差入れ
「サシを入れる場合の話だが」
向かいに座り少女マンガを熱心に読んでいる早苗が突然声を出したので、俺もライトノベルから目線を上げた。
「サシを入れる?」
「ああ、サシを入れる時の話だ。サシを入れるのは定番よりも時と場合にあっている方が重要だと私は考えるのだが、雄二はどういうものがいいと思う?」
「高い牛肉とかに入ってるやつの話か? 俺は畜産の知識は明るくないから分からない」
「違う、誰もお前に美味しいお肉の育て方など期待しない」
期待されたって応えられるもんじゃないけどな。
何年も勉強に勉強を重ねた農家さんが愛と汗を惜しみなく使って育てる味だ。愛も汗も分けられるほど持ってない俺にできるわっきゃねーよ。
「じゃあ、なんだよ」
「うん、部活とかにサシを入れる時に何がいいかという話なのだが」
あ、差入れってことか。
「私が今読んでいるマンガでは主人公が、彼氏の大会にレモンのハチミツ漬けを持って応援に行ったんだ」
「今時しおらしいイイ子じゃないか。その辺でカントリーマームとか買うだけでもいいと思うけど」
「あってなくないか?」
何が?
「バスケットの大会だぞ? なんでレモンなんだ?」
「ハチミツとレモンは体力回復と栄養供給に適してるぞ。クエン酸と糖分だからな」
「えぇー。そんな科学的な話するなよ」
何が不満なんだよ。
「もっとバスケっぽい物をサシにするべきだろ」
サシにする……いいか、面倒だし。
「バスケっぽいの意味がイマイチ理解できないけど、そういう物があったら理想だよな」
「だよなっ!」
早苗は満足そうに笑って再びマンガに集中力が注がれ、俺もライトノベルに視線を戻した。
サシにする……刺し、指し、射し、差し、挿し、点し。
レモンのハチミツ漬けを点しにする。なんだか、目が痛くなりそうだから考えるのはやめておくか。
「さて。今日はバスケをしようと思う」
部室に入ってくるなり早苗が宣言した。
「ボールどうすんだ?」
「いらん、そんなもの」
何言ってるの?
「実際にバスケをしたいわけじゃないからな」
何言ってるの??
「先輩っ。今日の試合……頑張ってくださいね」
何言ってるの???
「どういう流れ?」
「受けとれ、究極のサシを」
「……どうも。」
俺は早苗から小さな包みを渡される。
中には、たぶん手作りのお菓子が入っていた。小さなボール型のクッキーだ。
昨日の差入れの話か。
「食え」
……パク
「どうだ?」
「うまいよ」
うまい。甘さが控えめで、コーヒーとか紅茶と食べたらもっといいかな。
「これぞ、バスケット用サシだろ?」
「形が丸いからということか? うまいけど、このクッキーはちょっと運動するときには適さないぞ? 喉乾くから飲み物と一緒に優雅に食べるべきじゃね?」
「甘いぞ雄二」
控えめで俺は好きな味だけど?
「それは、バターを少なめにしているからビスケットなんだよ」
「……へぇ」
早苗は得意気な顔で言う。
「つまり、これはビスケットボールだっ!」
……へぇ。