紙袋
結局一睡も出来ないまま朝がきた。
仕事には行けそうもないと思い、会社に電話をした。
『…すみません…体調が悪くて…今日は欠勤でお願いします…
はい…すみません…お願いします。』
オレは初めて仕事を休んだ。会社の人には淡々と応対されて電話を切られた。何気ない日常の様に。今のオレには不思議でたまらなかった。
ずっとつけていたテレビのニュースでは、事故の事がしていた。いろんなニュースの中に紛れて、一瞬だけその事に触れられていた。
時間が経つに連れ、オレの頭の中も整理が出来てきた。ただ信じたくないだけで。
ふと見た着信履歴も美咲でいっぱいだった。
このボタンを押したらもう一度美咲の声が聞けるんじゃないかって…美咲に繋がるんじゃないかって…そう思った。
オレは戻れるなら戻りたいと何度も願った。
前に美咲に言っていた願いが一つ叶うなら、美咲を生き返らせてほしいと何度も何度も願った。子ども騙しかも知れないけど、オレには嘘であってほしいとしか考えられなかった。
時間ばかりが過ぎ、もう夜になっていた。何もする気になれず、心が空っぽになっていた。
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あまり眠れないまま、オレはソファーの上で横になっていた。カーテンの隙間からは日が差していて、朝になった事が分かった。
家にいても考える事は美咲の事ばかり…
今日は仕事に行く事にした。
仕事に打ち込むと一瞬でも忘れられるかと思い、支度をして家を出た。
1人でいるのが怖くて会社に付くとすぐに車から降りて工場の中に入った。工場の中には数人が雑談をしていた。
同僚に 昨日休んだ事を聞かれたが、体調が悪かっただけと言うと、それ以上は聞いて来なかった。オレの顔色が悪かったから本当だと思ったのだろう。
仕事が始まり、指示された仕事はこなせたが、空いた時間や休憩の時間は美咲の事を思い出してしまい目頭が熱くなった。
やっとのおもいで仕事は終わった。いや…終わらせた。正直、あまり寝ていないし今日の仕事は精神的にも肉体的にもキツかった。
オレは、すぐに車に乗った。
もう元気が出るメールも届かないと思うと、ため息が出た。オレは仕事中、ケータイはあまり見ない様にしていた。
家までは何とか帰れた。家に着くと、ソファーに倒れ込んだがポケットの中身が邪魔をして、身体が少し痛かった。
中にはケータイがあった。ケータイをテーブルに置こうとした時、光っている事に気付いた。
…着信1件…
急いでケータイを開いた。
…美咲…
美咲から着信がきていた。オレはソファーから飛び起きて、慌てて掛け直した。
…やっぱり嘘だったんだ。良かった。また美咲の声が聞ける。…
そんな期待をした。
プルル…プルル…
『…』
『もしもし?美咲??生きてるの??びっくりさせんなよ!』
『…』
『美咲?…もしもし?』
『ごめんなさい…僕です。
今日、姉ちゃんの葬式が終わりました…』
電話に出たのは弟だった。
『え…?』
また現実に引き戻された。やっぱり本当だった。
『あの日に持っていたカバンの中からノートが出てきて…
きっと姉ちゃんの彼氏に宛てた手紙が…挟まっていたんです…』
『…』
オレは言葉が出なかった。
『渡したいのですが、ダメですか?』
『…え?オレ宛て…?
うん…
わかった。取りに行く。』
一瞬、どうしようか迷ったが、美咲がオレに宛ててくれた手紙を取りに行く事にした。いつもの場所まで。いつも美咲が手を振って待っていてくれるコンビニまで。
時間は9時を回っていた。
色んな事を考えオレは運転をした。ついこの前までは美咲をどこに連れて行ってやろうかと考えながら走っていた道が、今は長く遠く感じた。
コンビニに着くと男が1人、コンビニの前に立っていた。小さな紙袋を持っている。
オレは車を停めて、男の所に歩いて行った。
『あの…』
オレは男を見ながらゆっくり話しかけた。
『はい。美咲の弟です。』
男の顔には笑顔は無く、すごく疲れた顔をしていた。
『これ、姉ちゃんの…渡したかったものだと思うので…』
そう言うと、袋を差し出された。
オレは美咲の弟の目を見ながら受け取った。弟は美咲と同じ優しい目をしていた。
オレが受け取るのと同時に、じゃあ…と美咲の弟はオレの前から立ち去ろうと歩き出した。弟も突然の出来事で気持ちの整理が出来ていない様だった。オレと同じ…いや、オレ以上に辛い思いをしていると分かった。
『ちょっと待って。
…わざわざありがとう。』
オレは何も言葉が浮かんで来なかった。でも、わざわざ届けてくれた事に感謝をした。また少しでも美咲を感じる事が出来るなら、オレは幸せだった。
一瞬、弟の足は止まったが、また歩いて帰って行った。
オレは美咲の弟が見えなくなるまでずっと小さくなっていく背中を見ていた。美咲がいつも帰るときみたいに。
車に乗り込むと、少し紙袋の中身が気になったが先に家に帰る事にした。正直、開けるのが怖かった。美咲からの最後のメッセージだと思うとなかなか開けられず、紙袋を抱えたまま車を走らせた。
家に着くと、紙袋をテーブルの上に置きしばらくそれを眺めていた。
いろんな事がオレの頭の中に浮かんできた。そのどれもが美咲への想いだった。
オレはふーっと深い溜め息をして紙袋を手に取った。中を覗くと手のひらサイズの小さなノートと手紙が入ってあった。
ノートはパラパラとめくると、まるでアルバムかの様にオレとデートに行った写真がいっぱい貼られてあって、その一つ一つに美咲らしい可愛い字でコメントが書かれてあった。
車の中の写真や、水族館、動物園の写真、この前行った海の写真までいっぱい貼ってあった。そのほとんどは笑顔のオレが写っていた。
“ジャーン!!美咲の大好きな彼氏!!”
“このタクちゃんが大好きー!!”
“ずーっとこの手が離れないとイイなぁー!!”
“初ツーショット写真!!タクちゃんカッコ良い!!”
そんなコメントがいっぱい書かれてあった。
途中には日記みたいなのもが書いてあって、読んでいると美咲が近くにいるみたいで涙か溢れてきた。
オレとのデートがどれほど楽しくて、また、次のデートもどれだけ楽しみにしていたかが美咲なりの言葉で書かれてあった。
オレはゆっくり時間をかけて1ページずつ読んでいった。
もう一つ袋に入っていた手紙は“タクちゃんへ”と書いあって、封筒は中身がいっぱい詰まっているのか少し分厚くノリでしっかりと止められてあった。美咲の家族も開けていないようだった。
オレは手紙を手に取ったが、開けるのはまた今度にして、ソファに倒れこんだ。これを開けてしまったら本当に最後のような気がして怖かった。
昨日よりも気持ちは軽くなったような気がしたが、やっぱり涙は自然に溢れてきた。
オレは気がついたら眠っていた。
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