Battle.1-1
宗哉達が座っているA席の団体用。突如、その周りだけ異常な沈黙が訪れた。
静寂な空間に響く足音。
瞬間。大勢の生徒達は一斉にA席までの道を開く。
「……あーあ、おいでなすったか」
金髪をぐしゃぐしゃに掻きながらうめく龍貴。
宗哉は盆に向けていた黒い瞳を開かれた道に移した。
3人の生徒が並んでこちらに向かってくる。
先頭を歩く巨躯な青年。その左右にはおかっぱ頭の少年と大きな三角帽子を被った少女。
少年は制服のみと腰に剣の軽装。少女も制服のみに、身の丈の半分ほどの杖を背負っている。
青年は高級な装飾が施されたコートを羽織っており、それによって武装が隠されていた。
3人は団体席に座る宗哉達を怪訝そうな顔で見ながら近付く。
宗哉は彼らの姿を確認し、また盆に視線を戻す。また瞳はから揚げに向けて輝いた。
……早く食べたくてしょうがない。
「君達はここで何をしているのかな? よく見たらDクラスの、しかも学園の恥で有名な方ではないですか。それに落ちこぼれの連れも一緒とはこれまた……」
「ここは我ら英雄の雄叫び《ヒーローズ・ロァ》が予約した席よ。あなた達が座っていい場所じゃないの」
おかっぱ少年と少女が介入してくる。
「見りゃわかんだろ? 今から昼食をとるんだよ」
「これが目に見えないのか、落ちこぼれ共」
青年は低い声を発し、予約プレートを見せ付ける。
だが、宗哉はそれを見ずにただ盆から一切目を離さずにいた。興味がありませんよと言うかのように……。
「……あ~、まあ、飯食うだけだからさ。もうちょっと待っててやってくれよ。な?」
龍貴は片手で「すいませんね」とジェスチャーしながら笑う。
だが、青年はまるで怒りが込み上がってるかのように表情を歪ませていく。
青年の表情を捉えた龍貴は冷や汗を掻くが、宗哉は構わず両手をそっと合わせた。
そして――
「いただき――」
ます、とは言い切れなかった。
それよりも前に宗哉の顔面は皿と盆が砕き割れる音と共にテーブルに減り込んだ。無残にもから揚げは宗哉の顔によって潰れている。
そんな不恰好とも捉えられる宗哉の姿。その後頭部には青年の握った拳が置かれていた。
コートから現れた1本の豪腕。……その腕で力いっぱい殴ったのだ。
周りはその突然の光景を見てざわつく。
「〝5本柱〟になんかに喧嘩売るから……」「でもあんなすぐ手を出すか? 普通」「というか、生きてんの?」等の声が観衆から聴こえる。
――『英雄の雄叫び』この学園におけるエリート、Aクラスのチーム。
その中でも〝5本柱〟と称されている学園内第3位。武術と魔術のどちらを取っても優秀な成績を持ち、このチームの名を知らない者はいないほど有名な集団である。
教師達などには一目置かれているが、生徒達には1つだけ悪い噂が流れていた。
――気に入らない相手には簡単に暴力を振るい、容赦なく危害を加えている、と。
この光景を見てはその噂も本当になりえそうだ。
「行くぞ」
「――待てよ、デカブツ」
「……何か言ったか? クズ」
「聞こえなかったか? 待てつったんだよ、デカブツ」
去ろうとした青年を龍貴は呼び止める。……左手には一振りの刀が握られていた。
青年は振り返り、龍貴と対峙した。
さきほどと同じく怒りによるものか、表情が歪み眉間には血管が浮かび上がる。
彼らの間、彼らを取り巻く周りの者達は糸を張り詰めた様な、そんな険悪な空気に包まれた。
「あんた等エリートが落ちこぼれだのクズだのって罵ろうが、そんなのオレは気にはしねえし、毎度の事だから笑って流してやるさ。……けどよ」
持っていた刀を鞘から抜き取る。白銀の刀身が光り輝く。
そして――切っ先を青年に向けた。左右に立つ少年と少女は同時に身構えた。
「さすがに手を出されて黙ってるほど、オレはお人好しじゃねえんだわ」
更に周りはざわつく。
龍貴と青年はお互い睨み合ったまま微動だにしない。
張り詰めた空気が徐々に場に沈黙をもたらしはじめた――その瞬間。
「そこまでよ!」
その場に立ち入っていた者達の空間に凛とした声が響いた。
観衆や左右の少年少女達は一斉に声がする方を見る。それはさきほど開かれていた道。そこには1人の少女が腕を組んで仁王立ちしていた。
少女は決まったと言わんばかりに微笑むと、龍貴と青年の近くに歩み寄る。
「アンタら、こんな所でなに騒ぎ起こしてんのよ」
「よー『歩く危険』。今日も風紀乱してんのか?」
「だ、誰が歩く危険よ! 誰が! それにあたしは風紀委員よ!? 風紀委員! 乱してるんじゃなくて取り締まってるの!」
これが目に入らないの!? と大声をあげながら左腕に付けている『風紀』と書かれた腕章を見せ付けてきた。
龍貴はそれを見ずにはいはいと流す。
「ムキー! 何よその態度は―――――!」
少女は顔を真っ赤にして地団駄を踏み、ただがむしゃらに頭を振る。
左右で結わっている茶色の髪が乱れ揺れた。
その様はまるで駄々をこねている子供のようだ。……さきほどの凛とした声を出した主は一体どこへいったのか。
――周りは突然の事にまるで付いて行けずにただ呆然としていた。