傾向と対策 5
【五、零れ落ちるシャーペンの芯】
人は恋をすると変になる。
真理だ、と柳谷はうなずいた。
新しく芯を入れたシャーペンを右手でカチカチいわせてみる。ついでにもう何本か入れておこうと決めてから、先ほどの思考に追加をした。
……ずいぶん言い古された感もある言葉だが、とりあえずまちがってはいない。
そう結論づけるには理由があるわけで、その理由というのが自分の最近の経験というわけで、柳谷はがっくりと頭を落とした。
つい先日、柳谷は瀬田と付き合うことにした。
同じ学部で、同じゼミで、しかも同じサークルという腐れ縁のもと、仲の良い友人関係を結んでいたのが、一転して新しい展開を迎えたわけだが、柳谷はどうもそれになじめなかった。一言でいってしまえば気恥ずかしい。
なにが悪いって、瀬田の態度が変わったことだ、と柳谷は言い訳をした。ひょんなことからカップル成立してしまったわけだが、そもそも瀬田が自分に何を求めているのかわからない。どんな態度をとっていいのかわからないのだ。
とりあえず、急に二人きりになってしまったときの沈黙とか、なにげない体の接触を意識してしまうこととか、なんだか非常に初々しい反応を思い返してみると、二十一世紀初頭の二十歳を越えた大人の付き合いとは思えない。私らはいつの時代の住人だ、と柳谷の頭はどんどん下がり、ついには机に音を立てて着陸した。
「いや中学生日記というか……」
ああいう若くて青い春なのは苦手だったなあ、と思う。見ているのが拷問のようだった。いたたまれないのだ。かゆい。むずがゆい。とにかくかゆい。
「中学生日記?」
背後から瀬田の声がした。
「ぎゃあああ!!! ……あああ」
最初のは不意をうたれた叫び声で、次のは、ばらばらと零れ落ちたシャーペンの芯に対してのものだ。
「……すみません」
「いや気配を感じ取れなかった私が悪かった」
まるで武芸者のような返事をして、柳谷は芯を拾うために机の下にもぐった。いつも瀬田には謝らせているな、とちらりと後悔にも似た気分が襲う。
拾いにくい芯を一本ずつぽちぽちと悪戦苦闘していると、椅子をどけて瀬田がしゃがみこんだ。机の足と瀬田に挟まれての妙な圧迫感に柳谷は内心困ったが、そのまま二人で黙々と芯を集める。
「はい」
声に顔をあげて、手に持った容器を差し出すと、瀬田が集めた芯を入れた。そのまま、
「後悔してます?」
と真面目な顔で訊かれて、柳谷は目をみはった。
「嫌だったら、この前のはなかったことに……」
「いや、あのな」
言いかけたが、すぐにつまった。すると今の状態は二人の指先がふれあっている状態だということに気がついて、思わず、すごい勢いで手を引っこめる。行動してしまってから、何をそれくらいで慌ててるんだと柳谷は己を叱咤した。そんな自分の意思とはうらはらに、顔に血が勝手に上って熱くなるのがわかる。瀬田は黙っている。この様子を見られているのかと思うと、大学正門前で全裸になったくらい、いやもしかしたらそれ以上に、いたたまれない。
うわああああ、と混乱の極みの中、柳谷は立とうとして……机の天板に激突した。
がん、と大きな音が響いた。目の前に火花が散った。痛みに声もでない。
「大丈夫ですか!?」
「だ、だいじょうぶ、や、だいじょうぶじゃない。ううん大丈夫だ、後悔してない!」
言い捨てると、柳谷は火事場の馬鹿力で、目の前の瀬田を押しのけると一目散に逃げ出した。
人は恋をすると変になる。
真理だ、と柳谷は再び思った。
……己の行動に照らし合わせて。
左手に持ったままだったシャー芯の容器が再び空になっているのに気付くのは、しばらくやみくもに走ったあとのことだ。




