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解を求めよ  作者: 立田
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傾向と対策 3

【三、あ、今日って日曜だっけ】


 唐突に眠りからはじき出されて、柳谷はぱちりと目を開いた。

 視界には今はグレーがかっているが、昔はきっと白かった天井が映っている。自分の家だったら木目のはずだ、と柳谷はまばたいた。

 ここはどこだ、いまはいつだ。

 ころりと転がると、隣の床にバスタオルやらなんやらをかぶせられた身体が数個横たわっていて寝息を立てている。その向こうでそっとドアを開けて外に出ようとしていた瀬田と目が合った。お互いびっくりした顔を見合わせたところで、柳谷は思い出した。

 今日は日曜だ。


 手招きされて屋外について出ると、柳谷は大きく伸びをした。瀬田は音を立てないように、ドアにそっと鍵を掛けている。

「酒臭かったですね」

 と小声で言われて、柳谷は手首にはめていたゴムで髪を結びながら、屋外の空気を嗅いでみた。

「わからん……」

「それは、きっと、柳谷さんも酒臭いからですよ」

 あくび混じりの答えに、柳谷はうっと詰まって瀬田の様子をうかがった。別にあてこすりではなかったらしい。非常に眠そうだが、腹を立てているようには見えない。この友人の人徳を垣間見た気がして、柳谷は思い切って口を開いた。

「あのな瀬田、ここは、お前のアパートなのか?」

「そうですよ」

「ええと……どうして私はここにいるんだろう?」

 おそるおそる聞くと、瀬田は眉を下げて、あからさまに困った顔をした。

「…………どこまでおぼえてます?」

「……たんたかたん」

「たんたかたん!?」

「そういう名前のしそ焼酎を飲んだのはどうにか」

「ああ。それで、たんたかたーんと酔っ払ったんですね」

「……まあ、そうなんだが。お前のそれはわざとなのか?」

 は? と、瀬田は聞き返しながら、またあくびをした。何でもない、と首を振って、柳谷は先をうながす。

「その後も色々飲んでたみたいですね、なんか青いやつとか」

 ……そんなカクテルらしきものはまったく記憶にない。

「野中先輩は?」

「中で寝てますよ」

 柳谷に対して、『酔っ払ったら面倒見てあげるし泊めてあげる』と胸を叩いたサークルの女傑の名をあげると、瀬田はあっさりと答えた。萩尾先輩も、森も、久住も……と数え上げられる名前は、昨夜の飲み会で最後まで残り抜いたメンバー達のものだ。お世辞にも広いと言えないワンルームにそれだけ詰めこんだ様子には、壮観というより惨状という単語がはまる。

「柳谷さんが潰れたちょっと後くらいに野中先輩も潰れちゃって。で、店から一番近いおれの部屋に来た時には、全員総倒れです」

 瀬田は軽く言うが、それは笑い事で済まされる状況ではなかったのではないか、と柳谷は蒼ざめた。

 最近、あまり喜ばしくないことが引き続き起こったので、飲酒(暴飲もしくは痛飲)で発散しようとしたのだが、ここまで迷惑をかけるはずではなかった。しかも最初に迷惑をかける予定だった相手は戦線離脱、酒があまり飲めない瀬田が巻きこまれてピンチヒッターとなったらしい。

 安易な現実逃避は良い結果を生まないということを自分に思い知らせねば、という強迫観念にかられて柳谷はひきつった顔で訊ねた。


「瀬田、すまん、きっとものすごく迷惑をかけたんだろうが、まったくおぼえていなくて、ほんとにすまん、私はどんな醜態をさらしたんだ?」


「や……。あの、とりあえず飲み物でも買いにいきましょうか」

 どこまで話していいものかそれとも話を変えようか、と正直に顔に出した瀬田を首が攣るほどの角度で見上げて、具体的な質問を浴びせることにする。

「吐いたりしなかったか? というか吐いただろう、それ以外にこんな風に二日酔いがぜんぜんないなんて信じられない、吐いてもなるときはなるだろうが、でも今回は吐いた気がする。それから潰れた私をどうやって運んだんだ? 裸踊りとかしてなかったか? なんかかぶって『これ宇宙人みたいだろ!?』とか叫んで歩き回ったりは?」

「や、そこまでは」

 瀬田はいつもよりせかせかとしたペースで歩き出した。柳谷はそれに続く。

「吐いてました、けど、その時はまだ意識があったみたいで……そんなに大変でも。あと寝ちゃってからはおれが背負いました。野中先輩じきじきのご命令で。ほんとに、そんなひどくもなかったですよ」

「…………すまなかった」


 十分にひどい、と柳谷は反省した。それはもうとても深く。

 もうあんな飲み方はしない、と心に誓う。


 一気に落ち込んだ柳谷の横を10メートルほど黙って歩いてから、話は変わるんですけど、と瀬田は口を開いた。

「ほたえるな、ってどういう意味ですか? 気になって」

「……え? ほたえる? そんなこと言ってたか?」

「はあ、酔っ払ってから、そう一喝して、寝ちゃってましたね」

「……ふざけるな、とかそういう感じだな」

「関西弁とか? 柳谷さんもしかして関西の人なんですか?」

「考えたことはなかったが、そうなのかな? いや、私は生まれも育ちもこっちだ。両親は向こうだが」

 ああだから、と納得した様子で、瀬田は角を曲がった。

「瀬田は実家はどこなんだ?」

「おれは山形ですよ」

「なんかめずらしい方言とかあるのか?」

 うーん、と瀬田は考えた。珍しいかどうかは知りませんけど。

「うるかす、とか」

「なんだそれ呪文か?」

 と、思わず柳谷は笑った。

 日曜の朝の道には他に誰もいない。空は青く、風はやわらかく、日差しは暖かい。そんな中を歩いていれば、知らないうちに気がずいぶん楽になっていた。さらした醜態も、以前から気にかかっている事柄も、今だけは心から追い払われたようだった。

 もう少しの間でいいから、隣でまたあくびを噛みころしている瀬田と、このままのんきに歩いていたいものだ、と柳谷は思った。

 せめて『うるかす』の意味が解明されるまでは。


 


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