『無属性の役立たず』と孤島に捨てられた見習い海賊、船長の愛の特訓だと勘違いして岩場の錆びた黒剣を引き抜く~実は属性を喰らう海賊王の剣で、迎えに来た(逃げてきた)船長を救い大海賊も海軍も一刀両断~
ヴァエリアの四つの海において、海賊の価値というものは、その血管の中に流れる「嵐の色」によって決まった。
『炎』の属性を持って生まれた者は数百メートル先の敵船の帆を焼き払い、『風』を宿す者は無風の海でも己の船だけを前に進め、『雷』や『氷』を操る強者たちは酒場の最も豪華な席に座り、まだ見ぬ『未踏の海域』への航路を分け合っていた。
そして――俺のように、何の力も持たない『無属性』として生まれる者もいた。
俺の名前はカイ。今年で十八歳になる。
物心ついた頃から、指先から小さな火花ひとつ出せたことがない。故郷の港町では「空っぽの貝殻」なんて呼ばれていたけれど、一年前、俺は帆布の袋ひとつを背負って、風刃のダリアン船長が率いる海賊船『銀燕号』に見習い船員として乗り込んだ。
金貨や賞金が目当てじゃなかった。
俺が海へ出た理由はただ一つ。父さん――『ゲイル』を探すためだ。
十年前、俺がまだ八歳の子どもだった頃、父さんは港の桟橋でいつもの穏やかな笑顔を浮かべて俺の黒髪をくしゃくしゃに撫で、こう言ったのだ。
『水平線の向こうに何があるのか、ちょっと見てくるよ、カイ。お前が嵐の中で舵を握れるくらい強い男になったら、俺を探しに来い』
それきり、父さんは帰ってこなかった。
父さんが今どの船に乗っているのか、どこの海にいるのかも分からなかったけれど、陸に突っ立っているままじゃ一生会えないことだけは分かっていた。
『銀燕号』での生活は、力を持たない無属性の俺にとって楽なものではなかったが、苦だと思ったことは一度もなかった。
他の三十人の船員たちが甲板で風の刃や水の弾を撃ち合って鍛錬している間、俺は誰もやりたがらない力仕事をすべて引き受けた。歯車が噛み合わなくなった時は重さ二トンの鉄の錨を素手で引き上げ、高波の中でロープ一本にぶら下がって船底の浸水を塞ぎ、全員分の食事を作り、真夜中まで甲板を磨き上げた。
赤髭の甲板長ブラムや、砲手のトマをはじめとする船の仲間たちは、そんな俺を実の弟のように可愛がってくれた。
「属性なんかなくたって、お前にはこの海の半分の海賊よりずっと太い度胸と筋肉があるぜ、カイ!」
ブラムはいつもそう言って、塩漬け肉の分け前をこっそり二倍にしてくれた。
俺のことを唯一毛嫌いしていたのは、船長のダリアンだけだった。
ダリアン船長は『風』の属性の使い手で、名を上げることばかりに執着していたが、状況が悪くなると弱い者に当たり散らす癖があった。商船を取り逃がしたり、海軍の装甲艦に追われて逃げ出したりするたびに、ダリアン船長は舵輪を拳で叩いて俺を怒鳴りつけた。
「無属性の役立たずなんか船に乗せているから、風にツキが回ってこないんだ! 切り込みの時にそよ風ひとつ起こせない雑用係のために、貴重な真水と乾パンを無駄にしやがって!」
だが、俺は少しも腹を立てなかった。
それどころか、船長が俺を怒鳴りつけたり、雹が降る中で鉄樽を二つ背負わせて十二時間の見張りを命じたりするたびに、俺は満面の笑みでこう答えていた。
「特別メニューの鍛錬ですね、ダリアン船長! ありがとうございます! 俺、もっと強くなってみせます!」
運命が大きく動いたのは、十月の半ば――船が『濃霧の大海峡』を通り抜けていた夜のことだった。
その夜は、船首の先すら見えないほど深い霧が海面を覆っていた。
逆流に逆らって一日中帆を操り、甲板長ブラムや他の仲間たちが全員疲れ果てて船底のハンモックで眠りについていた真夜中、ダリアン船長が俺だけを静かに揺り起こした。
船の横、五十メートルほど離れた波間に『片足カモメの岩礁』と呼ばれる小さな岩島が浮かび上がっていた。
幅はせいぜい四十歩ほど、木の一本も生えていない平らな黒い玄武岩の孤島で、絶えず塩辛い波しぶきに洗われている。あまりにも何もないちっぽけな岩場なので、毎週何百隻もの海賊船や商船がすぐ横を通り過ぎながら、浅瀬に乗り上げないための目印としてしか見ていない場所だった。
「おい、カイ。その乾パンの袋を持って小舟に降り、あの岩礁まで漕いでいけ」
ダリアン船長は船尾で声を潜め、他の船員たちが甲板へ上がってこないか何度も後ろをキョロキョロと窺いながら言った。
「俺の『風』が……その、あの岩から妙な気配を感じ取った。お前が一人で上陸して調べ、俺が迎えに戻るまでそこでじっと待っていろ。いいか、声は絶対に出すなよ?」
実は――後から知ったことだが――その数時間前、見張り番が海の向こうに『黒陽のヴァンス』の黒帆の艦隊を発見していたのだ。
ヴァンスといえば、今この海で最も残忍かつ強大な海賊の一人であり、「次の海賊王に最も近い男」と恐れられる怪物だ。
前日、ダリアン船長が「足手まといのカイをどこかの港に捨てていこう」と提案した際、ブラムたち船員全員が「カイを捨てるなら俺たちが船を降りる!」と猛反対していた。だからダリアン船長は、ヴァンスの艦隊から少しでも速く逃げるために船を軽くしようと、仲間たちが眠っている隙に俺をあの無人岩礁へ置き去りにする裏切りに及んだのである。
だが、お人好しの俺には、船長が俺を捨てたのだということがこれっぽっちも分からなかった。
濡れた岩場に足を踏み入れ、霧の中で『銀燕号』がすべての帆を広げて全速力で遠ざかっていくのを見た瞬間、俺の胸は熱い感動でいっぱいになった。
「……そういうことだったのか!!」
俺は誰もいない夜の海に向かって両拳を握りしめ、感謝の涙を浮かべて叫んだ。
「ダリアン船長は、船の上じゃブラムさんたちが俺を甘やかして守ってしまうことに気づいていたんだ! だから未踏の海へ入る前に、この過酷な孤島に俺を一人で残して『秘密のサバイバル特訓』を課してくれたんだな! 俺が自分の限界を超えて、父さんを探せるくらい強い海賊になれるように……! なんて深い愛を持った人なんだ、ダリアン船長! 俺、絶対に船長の期待に応えてみせます!」
それから三日三晩、俺は一秒たりとも気を抜かなかった。
寒さと空腹を忘れるために、鋭い岩の上で何千回も腕立て伏せを繰り返し、満潮の大波に向かって拳と蹴りを叩き込み、素手で垂直な岩壁を何度も登り降りして体を鍛え抜いた。
そして四日目の朝。
水平線を見渡そうと岩礁の一番高い場所へ登った時、俺のブーツのつま先が、岩に突き刺さった黒い金属の塊にぶつかった。
しゃがみ込んで目を凝らす。
それは宝石の飾りも、金の刻印も、立派な鍔もない、ただの『黒鉄の直剣』だった。柄には潮風で擦り切れた古い黒革が巻かれ、刀身の半分までが生きた岩盤の中に深く突き刺さっている。
この海峡を通る海賊なら、誰もが一度は望遠鏡で目にしたことのある剣だった。皆はそれを『岩礁の錆びた杭』と呼んでいた。十年間、雨とカモメの糞に晒されながらそこに刺さりっぱなしだったからだ。
この十年間、世界中の名だたる大海賊たちが、十年前に姿を消した伝説の『海賊王』の秘宝を求めて、海底火山や深淵の遺跡で殺し合いを続けてきた。だが、誰もが「海賊王の武器なら、太陽のように凄まじい属性の力を放っているはずだ」と思い込み、属性反応を探知する羅針盤ばかりを使っていた。
だからこそ、この一番目立つ岩の上に刺さっている黒い剣が「微塵の熱も属性の火花も放っていない」という理由だけで、誰一人として靴を濡らしてまで確かめに来ようとしなかったのである。
「だけど、こんなに真っ直ぐな剣を潮風で腐らせておくなんて、もったいないよな」
俺は素振り用の重りにでもしようと思い、黒革の柄を両手で握りしめた。
「持ち主の人、ダリアン船長が迎えに来るまでの間、ちょっと素振りに借りるぜ!」
ぐっ、と力を込めて引き抜く。
もし属性を持つ海賊がこの黒い金属に指先でも触れていれば、一瞬で体内の力を吸い尽くされて気絶していたはずだった。だが、生まれつき完全に『無属性』である俺の両手が握った瞬間、剣はまるで最初から俺の腕の一部であったかのように、澄んだ音を立てて岩の中から軽々と抜け落ちた。
俺がその剣を構えてみせた、まさにその時だった。
岩礁の反対側の霧の中から、継ぎ接ぎだらけの帆を張った一隻の海賊船がぬっと姿を現したのだ。
船首に掲げられているのは『塩ハイエナ海賊団』の旗。浅瀬で難破船や遭難者を襲っては身ぐるみを剥ぎ、命まで奪う二十人ほどの飢えた人狩り海賊たちだった。
連中は岩の上で動いていた俺の姿を見つけ、「いいカモがいたぞ!」と二艘の小舟を下ろして岩礁へと乗り込んできた。
「おいおい、潮がとびきりの獲物を運んできてくれたぜ!」
先頭に立つ身長二メートルの傷だらけの首領が、手のひらに赤い『炎』の渦を踊らせながら下品に笑った。後ろに続く十九人の海賊たちも、それぞれ『氷』や『雷』を纏わせた曲刀を抜いて俺を取り囲む。
「ただのガキじゃねぇか! しかもこいつの体からは、属性の匂いがこれっぽっちもしねぇ『無属性』だ! ぶっ殺してブーツと食料袋、それとそいつの持ってる剣を剥ぎ取れ!」
俺は一歩も退かなかった。それどころか、黒い直剣を両手で構え、ワクワクしながら笑みを浮かべた。
「ちょうどよかった! ダリアン船長が俺に課してくれた『四日間の孤島特訓』の成果が出ているか、お前たちで試させてもらうぜ!」
「死ね、馬鹿野郎が! 『紅蓮の火柱』ァッ!!」
ハイエナの首領が咆哮し、至近距離から幅五メートルもの猛火の奔流を俺に向かって放った。同時に左右の海賊たちからも、俺を串刺しにしようと氷の槍と雷の刃が一斉に飛んでくる。
俺は目を閉じなかった。一歩前に踏み込み、迫り来る炎の壁のど真ん中に向かって、古い黒鉄の剣を真っ直ぐに振り下ろした。
――シュゴォォォォッ……ゴクンッ!
俺は自分の目を疑った。
炎は俺の眉毛一本すら焦がさず、雷は音すら立てなかった。
猛火も、氷の槍も、電撃も、俺の黒い剣の刃先に触れた瞬間――まるで底なしの渦潮に飲み込まれるように、剣の金属の中へと『一滴残らず吸い込まれて消えた』のだ!
その直後、刀身を覆っていた塩の塊と偽の錆がパキパキッと砕け散り、夜闇のように滑らかで美しい漆黒の刃が姿を現した。そして柄を握る俺の両手を通って、吸い込んだばかりの炎と雷の莫大なエネルギーが、純粋な『肉体の筋力』へと変換されて俺の腕、胸、そして全身の骨へと一気に流れ込んできたのだ!
「な、なんだこれ……!?」
俺は見たこともないほど太く力強く膨れ上がった自分の両腕を見て叫んだ。「この剣、あいつらの属性攻撃を丸呑みして……全部『俺の体の力』に変えちまったぞ!?」
「い、今の技は何だ、この野郎!?」「怯むな、二十人全員で同時に属性をぶち込め! 焼き殺せ!」
恐怖に駆られた二十人の海賊たちが、ありったけの炎、風の刃、氷の礫、雷撃を俺一人に向かって一斉に乱射してきた。
俺は岩礁の真ん中に立ち、黒い剣をぐるりと振り回した。
連中が属性の力で俺を攻撃すればするほど、黒い剣はそれを残らず喰らい尽くし、俺の筋力とスピードは面白いように跳ね上がっていく。十倍……三十倍……五十倍!
数秒後、属性の力を使い果たして肩で息をする二十人の海賊たちの前で、俺は軽く一歩を踏み出した。
ただ足を動かしただけで、かかとの下の黒い岩盤がバキッと音を立てて陥没した。瞬きする間に首領の目の前へと移動した俺は、連中を真っ二つにして殺してしまわないよう「刃の平らな腹」だけを向け、空中で水平に一薙ぎした。
――ドゴォォォォォォンッ!!
俺の腕が巻き起こした純粋な風圧の衝撃波だけで、二十人の海賊たちは枯れ葉のように五十メートル先まで吹き飛ばされて海へ叩き込まれ、余波の突風がそのまま彼らの海賊船のメインマストを根元からへし折った!
「す、すげぇ……! 属性で攻撃されればされるほど、俺の体がどんどん強くなる!」
俺は輝く黒い刀身を見つめて目を輝かせた。「ダリアン船長は、無属性の俺にしか使えないこの剣がここにあることを知っていて、俺をこの岩礁に置いていったんだ! 早く船長にお礼を言わなきゃ!」
まさにその時だった。
海峡の北側の深い霧の向こうから、激しい大砲の轟音と、焦げた木材の匂いが風に乗って流れてきた。
吸い込んだエネルギーのおかげでカモメのように良くなった視力で霧の向こうを睨むと――なんと一マイルほど先から、俺たちの『銀燕号』が、この岩礁に向かって真っ直ぐ全速力で戻ってくるのが見えたのだ!
実はダリアン船長は、俺を捨てて北へ逃げた先で運悪く『黒陽のヴァンス』の本隊と鉢合わせしてしまい、恐怖のあまり船を百八十度反転させて、三隻の巨大な黒帆のガレオン船に追いかけ回されながら、泣き叫んで同じ海峡を逆走して逃げてきただけだった。
しかし、そんな事情を知る由もない俺は、自分のいる岩礁へ向かって戻ってくる『銀燕号』を見て、胸を熱くして叫んだ。
「やっぱりだ!! ダリアン船長、特訓の四日間が終わる今日、本当に俺を迎えに戻ってきてくれたんだな! ……って、おい! 俺を迎えに来た船長たちを、後ろの三隻の黒い海賊船が襲ってるじゃないか! 今すぐ助けに行くぞ!」
俺が見ると、『銀燕号』の帆は黒く燃え上がり、その後ろから迫る三隻の巨大ガレオン船の船首には、海賊王に最も近い男『黒陽のヴァンス』の旗が翻っていた。
『銀燕号』の甲板では、ブラムやトマたち仲間が血を流しながら必死に防戦していた。彼らはダリアン船長が俺を夜中に捨てたことを知って船長を舵輪の柱に縛り上げていたのだが、それでも船と仲間を守るために必死に戦っていたのだ。
「この海賊の風上にも置けねぇ裏切り者め、ダリアン!」
肩から血を流しながら、ブラムが斧を振るって叫んでいた。「てめぇだけが助かりたくてカイを岩礁に見殺しにした挙句、ヴァンスの艦隊に捕まって全員海の藻屑じゃねぇか!」
中央の巨大ガレオン船の船首楼では、黒いマントを羽織った巨漢――『黒炎』と『紫電(雷)』という二つの凶悪な属性を同時に操る大海賊・黒陽のヴァンスが冷酷に笑い、頭上に船を一撃で消し炭にするほど巨大な「黒い炎と雷の球体」を作り出していた。
「邪魔だ、小魚ども!」
ヴァンスの声が海面に轟いた。「俺の航路を塞いだことを地獄で悔やむがいい! ガラクタ船ごと海の底へ消えろ!」
甲板に縛り付けられたダリアン船長は、自分の真上に迫る死の火球を見上げ、恐怖のあまりガタガタと震えながら涙を流して目を閉じた。
俺は一秒も迷わなかった。
塩ハイエナたちが岸に残していった小舟に飛び乗ると、先ほど蓄えたばかりの怪物的な腕力で二本のオールを掴み、水車のように超高速で漕ぎ出した。小舟は波の上を砲弾のように飛び跳ねて進み、『銀燕号』まで残り百メートルに迫った瞬間、俺は小舟の底を踏み抜くほどの力で空高く跳躍した!
「ダリアン船長! ブラムさん、みんな!!」
空を飛ぶように海を渡った俺は、ヴァンスの放った巨大な黒炎と雷の球体が甲板を焼き尽くすコンマ一秒前に、ダリアン船長とブラムのすぐ目の前の甲板にドンッと着地した。
「カ、カイだとぉ!?」ブラムと船員たちが一斉に目を剥いた。
「伏せてろ、みんな! ここは俺に任せろ!」
俺は甲板を強く踏みしめ、迫り来るヴァンスの必殺の火球のど真ん中へ、黒い直剣の切っ先を真っ直ぐに突き入れた。
――ゴォォォォォッ……ゴクンッ!!
敵の三隻のガレオン船と俺の仲間たちが息を呑んで見守る中、大海賊ヴァンスの放った死のエネルギー弾は、甲板の木を1ミリも焦がさなかった。
俺の黒い剣が底なしの口を開け、ヴァンスの黒炎と紫電の嵐を『最後の火花ひとつまで完全に呑み込んでしまった』のだ!
さっきのハイエナたちの十倍を超える莫大なエネルギーが俺の血管の中で爆発的に巡り、全身の筋肉が鋼鉄の錨のように引き締まって、瞳が黄金色に輝くのを感じた。
俺は後ろで腰を抜かして真っ青になっているダリアン船長の方へ振り返り、胸をドンと叩いて、一番明るい笑顔で礼を言った。
「ただいま戻りました、ダリアン船長! 特訓の終わりにちゃんと俺を迎えに来てくれて、本当にありがとうございます! 船長があの岩礁で俺に厳しい試練を与えてくれたおかげで、俺はこの黒い剣を見つけて、みんなを守れるくらい強くなれました! 最初から俺を成長させるために、全部計算してくれていたんですよね!?」
甲板の上に、波の音だけが聞こえる奇妙な沈黙が落ちた。
ダリアン船長は俺を見上げた。
岩を登って傷だらけになった俺の両手を見て、疑うことを知らない真っ直ぐな俺の目を見て――自分が恐怖に駆られてゴミのように捨てた少年が、自分を助けるために炎の中へ飛び込み、その上心から感謝しているのだと理解した瞬間。
ダリアン船長の顔がくしゃくしゃに歪んだ。
これまで彼を覆っていたちっぽけな見栄とプライドが音を立てて崩れ落ち、船長は甲板の板に額を擦りつけて、子どものように声を上げて号泣し始めた。
「す、すまねぇ、カイ……! 俺を許してくれェッ!!」
ダリアン船長は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、自分の胸を拳で叩いて泣き叫んだ。
「特訓なんかじゃねぇ! 計算なんかしてねぇよ! 俺は……俺はただの卑怯者のクズだァッ! ヴァンスから逃げるのに船を軽くしたくて、俺の事なんか信じきっていたお前を夜の海に捨てたんだ! それなのに、お前はこんな俺を助けに戻ってきて……! 頼むからもう俺を船長なんて呼ばないでくれ、俺はお前の靴を舐める資格もねぇ男だァッ!!」
「まったくだ、この大馬鹿野郎が!!」
ブラムが感動の涙を拭いながらダリアンの後頭部に強烈なげんこつを落とし、トマや船員たちと一緒に俺に飛びついて肩を叩いた。「この戦いが終わったら、ダリアンには十年間船底の掃除係をやらせるぞ! 今日からこの『銀燕号』の本当の船長は、カイ、お前しかいねぇ!」
俺は目をパチパチとさせて頬をかいた。「えっ? 特訓じゃなかったんですか……? まあ、結果的に強くなれたからどっちでもいいや!」
だが、向かいの黒帆の旗艦の上では、『黒陽のヴァンス』の顔から余裕の笑みが完全に消え失せていた。
ヴァンスは俺の右手に握られた飾り気のない黒鉄の直剣を凝視し、まるで海の底から自分の最大の悪夢が蘇ったかのように顔を蒼白にして一歩後ずさった。
「そ、その黒い剣は……!」
ヴァンスは震える声で呻いた。「属性喰らいの黒剣『深淵』……!? 馬鹿な、なぜそんなガキがその剣を握って生きていられる!? 『あの男』以外に、その黒い鉄に触れて力を吸い殺されなかった人間などこの世に存在しないはずだ!」
「あんたが誰のことを言っているのかは知らないけど、俺の仲間たちにこれ以上手出しはさせないぜ!」
俺が剣の切っ先を向けると、ヴァンスは恐怖と怒りで顔を真っ赤に染め上げて絶叫した。
「調子に乗るなよ、無属性のボウズがァッ!! たとえその忌々しい剣が属性を吸うとしても、貴様の肉体はただの十八の小僧だ! 貴様の心臓が破裂するほどの属性の奔流を一度に叩き込んで、内側から木っ端微塵に吹き飛ばしてくれる! 全艦、ありったけの力を俺に集めろ! 『黒陽・万雷獄炎嵐』ォッ!!」
ヴァンスと、三隻のガレオン船に乗る百五十人の精鋭海賊たちが一斉に手を掲げた。
空が夜のように黒く染まり、港町ひとつを跡形もなく蒸発させるほどの黒炎、雷、氷の槍、そして真空の風の刃が、巨大な竜巻となって俺一人へと襲いかかった。
俺は一歩も引かなかった。
『銀燕号』の船首の手すりに飛び乗り、黒い直剣を真っ直ぐ前に突き出す。
――ゴォォォォォォォッ!!
俺の剣は、百五十人の海賊とヴァンスが放った全ての属性の嵐を、わずか三秒間で跡形もなく吸い尽くした。
俺を殺すために放たれた全ての力が、俺の筋肉と骨の中で計り知れないほどの純粋な『物理パワー』へと変わっていく。両手で柄を握りしめた瞬間、俺の肩の周りの空気がピリピリと音を立てて震えた。
「よし、全部まとめて利子をつけて返すぜ!!」
俺は魔法も属性も一切使わず、ただ鍛え抜いた自分の両腕の力だけで、目の前の空間を縦に一閃した。
――ズガァァァァァァァンッ!!
俺の剣が放った空気の刃は、海を真っ二つに割りながら一マイル先まで突き進んだ。
その凄まじい風圧は、海に飛び込んだ敵の船員たちの命は奪わぬまま、ヴァンスの巨大なガレオン船三隻すべてのメインマストと帆、そして大砲の列だけを一瞬で綺麗に薙ぎ払い、ヴァンス自身を砕け散った鎧ごと甲板の上に両膝から叩き伏せた!
「ば、化け物め……」
力をすべて吸い取られ、マストを失った黒陽海賊団の船員たちは、十秒と経たずに武器を捨てて降伏の白旗を上げた。
俺は一跳びで旗艦の甲板へと飛び移り、折れた柱に寄りかかって荒い息を吐くヴァンスの前に立った。
敗れ去った大海賊は、血走った目をゆっくりと上げて俺の顔を見た。
潮風に揺れる俺の黒髪、真っ直ぐな瞳、そしてあまりにも自然に黒い直剣を握る俺の手を見つめたあと――ヴァンスは突然、血の混じった乾いた笑い声を漏らした。
「……そういうことか。道理でな……」
ヴァンスは観念したように首を振り、掠れた声で呟いた。「その目……その馬鹿みたいに真っ直ぐな笑顔……そして、黒剣『深淵』を扱える完全な無属性の肉体……。小僧、貴様、『ゲイル』の息子だな?」
俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。
「どうして父さんの名前を知ってるんだ!?」
俺は一歩詰め寄って尋ねた。「父さんに海で会ったのか!? 父さんは今どこにいるんだ!?」
ヴァンスは恐怖と、どこか遠い敬意が入り混じった目で俺を見上げた。
「あいつにはもう、この世のどの海でも会えんよ、小僧」
ヴァンスは唇の血を拭い、静かに言った。「なぜなら貴様の父親『ゲイル』こそが……世界中が『海賊王』と呼んで恐れた男の本名だからだ」
俺は息を呑んだ。周囲には、船腹を叩く波の音だけが響いていた。
「父さんが……海賊王……?」
「あいつの本名と秘密を知る生き残りは、この海でもう俺だけだ。十五年前、俺はあいつの船の副船長だったからな」
ヴァンスは俺の手にある黒い剣を見つめて語った。
「世界中の誰もが、海賊王はすべての属性を極めた男だと信じていた……。だが真実は違った。ゲイルは貴様と同じ、火花ひとつ出せない『無属性』として生まれ、敵の属性をすべて自分の剛力へと変えるその黒い剣一本で、世界の頂点に立った男だったのだ。十年前……あいつの力に嫉妬した俺は、他の大艦隊と手を組んで、貴様らの故郷の村へ帰ろうとしていたゲイルを裏切って百隻の船で待ち伏せした。あいつはすでに重い病に侵されていたが、それでも百隻の艦隊がかりでようやく致命傷を与えるのがやっとだったよ」
ヴァンスは濡れた甲板に後頭部を預け、空を見上げた。
「嵐の海へ沈んでいく直前、ゲイルは笑ってあの何もない岩礁に剣を突き刺し、俺にこう言ったのだ。『力ばかりを追い求めるお前たちには、一生この剣は見つけられんよ、ヴァンス。この剣はここで太陽の光を浴びながら、俺と同じ血と心を持つ息子が来るのを待つさ』とな……。俺は十年間、世界の海の底を探し回ったが、最初からあそこでお前を待っていたというわけだ」
俺は自分の指が握りしめている、潮風で擦り切れた黒革の柄を見つめた。
十年間、俺は父さんの背中を探して水平線ばかりを見ていた。けれど、あの岩礁の雨の中で俺がこの剣の柄を握った時、父さんの大きな手はもう俺の手の上から重なって、その夢と誇りを俺に託してくれていたのだ。
俺は袖で目元をゴシゴシと拭うと、晴れ渡った青空に向かって大きく笑った。
「最高の贈り物をありがとう、父さん。あんたの剣、もう二度と錆びさせないからな!」
だが、感動に浸っていたまさにその瞬間――海峡の出口の方から、耳を劈くような軍用鐘と軍太鼓の音が鳴り響いた!
霧が晴れた水平線を埋め尽くすように、半円形の陣形を組んだ『海軍の巨大装甲戦艦・十隻』が姿を現したのだ。ヴァンスの艦隊と俺たちの戦闘の音を聞きつけ、海賊たちを一網打尽にするために包囲網を敷いたのである。
『海賊どもに告ぐ! 貴様らは完全に包囲された!』
海軍提督の怒号が真鍮の拡声器を通して海面に響き渡り、十隻の巨大戦艦の甲板で、何百門もの大砲と銃兵たちが一斉に『炎』『氷』『雷』の属性弾を装填した。『直ちに帆を下ろして投降せよ! さもなくば一隻残らず海の底へ沈める!』
『銀燕号』の上ではブラムたちが慌てて戦闘配置につこうとしていたが、俺は一跳びで自分たちの船の船首へと戻り、一番先の突端の上に立って「心配するな!」と手を振った。
『船首にいるあの生意気な小僧から撃ち落とせ! 全艦、一斉射撃ィッ!!』
提督の号令とともに、十隻の戦艦から何百発もの属性砲弾が雨あられと飛来した。
俺は片手で黒い直剣を高く掲げ、くるりと一回転しながら十隻分の属性砲撃をすべて剣の刃で吸い尽くした。俺の全身に、これまでで最大の力がバネのように漲る!
「悪いな海軍のおっさんたち、俺たちは今ものすごく急いでるんだ!」
俺は口をあんぐりと開けている海軍提督に向かって、太陽みたいに明るい笑顔で腹の底から叫んだ。
「海はこんなに広いんだ、俺たちが立ち止まってたら、海が勝手に自分の姿を教えてくれるわけじゃないからな!」
俺は黒い剣を斜めに大きく振り下ろした。
――ズバァァァァァァァンッ!!
狙ったのは人間ではなく、海面の下だ。
俺の剣から放たれた巨大な衝撃波の刃は、巨大な鎌のように海面を切り裂き、十隻の海軍戦艦の舵とマスト、そして船底の竜骨だけをまとめて一瞬で断ち切った!
わずか三十秒のうちに、十隻の最新鋭戦艦はすべて航行不能となって浅瀬にゆっくりと沈み始め、海軍提督と兵士たちが浮き輪を抱えて次々と海へ飛び込む中、俺たちの『銀燕号』は追い風を受けてそのど真ん中を悠々と突き抜けた!
『銀燕号』の甲板から、三マイル先の海鳥まで飛び立つような大歓声が沸き起こった。
ブラムも、トマも、船員たち全員が――そして許してもらえたことに感謝して泣きながらデッキブラシで床を磨いている元船長のダリアンまでもが――ラム酒のジョッキを空に掲げて陽気な海賊の歌を歌い始めた。
俺は船首像の上に仁王立ちし、塩辛い潮風にシャツを膨らませながら、朝日を浴びて黒く輝く父さんの剣を見つめた。
俺たちの目の前には、どこまでも続く『未踏の海』の青い水平線が広がっている。
俺は黒い剣を水平線の彼方へと突き出し、胸いっぱいの喜びを込めて叫んだ。
「野郎ども、すべての帆を広げろ!! 次の島へ、そして次の大冒険へ出発だァッ!!」
「「「おうよ、カイ船長ォッ!!」」」
【完】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
本作はいかがでしたでしょうか?
もし少しでも「面白かった!」「熱い逆転劇だった!」「スカッとした!」と思っていただけましたら、ページ下部より【ブックマーク登録】や【ポイント評価】、リアクションや感想などで応援していただけますと、今後の執筆の大きな励みになります!
━━━━━━━━━━━━━━━
■ あわせて読みたい!ランキング急上昇中の完結済おすすめ作品 ■
現在、各ジャンルのランキングに入っている人気作品を公開中です!すべて完結済みですので、ぜひ続けて覗いてみてください!
▼1.【ローファンタジー完結済22位&異世界転移完結済65位!迷宮×本格ピッツァ無双(全8話完結)】
最凶迷宮の奈落に転移したナポリのピッツァ職人、レベルはないが『絶対無敵の店舗と485℃の薪窯』で引きこもる~魔物の廃棄部位と極上ピッツァで王国最強パーティを永久進化させ、救国の英雄になるまで~
https://ncode.syosetu.com/n1476mx/
▼2.【ローファンタジー日間&週間ランクイン!ダイスで全てを奪う痛快TRPG復讐劇(1話完結)】
『Bランクの荷物持ちは囮に丁度いい』と裏切られた俺、死にたがりの裏ボス【魔神オルクス】と契約してデスゲームTRPGを開始する~ダイスでステータスもスキルも全て奪い、目覚めた奴らを皆殺しにした件~
https://ncode.syosetu.com/n9547mw/
▼3.【コメディー日間完結済19位&週間ランクイン!サバイバル×飯テロコメディ(全6話完結)】
【全6話完結】豪華客船がゾンビパニックに陥ったので、重度ゲーマーの34歳シェフは厨房に引きこもる~極上の保存食とアルミホイルの鎧で孤島を無双したあと、もっと簡単に救助を呼べたことに気づいた件~
https://ncode.syosetu.com/n0295mx/
━━━━━━━━━━━━━━━
また、作者マイページ(プロフィール)には、パニック〔SF〕日間&週間1位のゾンビサバイバルや本格ホラーなど、他にもサクッと読める作品を多数公開しています。
もしご興味を持っていただけましたら、ぜひプロフィールから他の物語も覗いてみてください!




