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ざまぁっぽいけどざまぁじゃない話

真実の愛に気づいた、と婚約者は言った

掲載日:2026/07/16

「聞いてよミリー! 僕は真実の愛に気づいたんだ!」


 ミリアンヌの婚約者であるセオドアが目をキラキラと輝かせながら言った。親睦を深めるための定期的なお茶会の席に着き、給仕を受けて紅茶を一口飲んだ、その直後のことである。


「……どういうこと?」


 真実の愛といえば、近ごろ恋愛小説の中で盛んに使われているフレーズだ。親に決められた婚約者のいる主人公が他の誰かと運命的な恋に落ち、様々な障害を乗り越えて恋した相手との真実の愛を勝ち取る、そんな物語がブームなのである。

 ミリアンヌも暇つぶしと世俗の情報収集を兼ねて何冊か読んでみた。感想としては、好みではないがそれなりに面白い、といったところだ。少なくない書評家たちがそうしたようにくだらないと鼻で笑おうとは思わない。婚約者がいながら他の相手にうつつを抜かすなど、いくら美しい言葉で糊塗したところで不貞でしかないのだが、物語の中のことならばわざわざ目くじらを立てるようなことでもないと思っている。


 そうあくまで、物語の中なら、である。現実にそんな世迷いごとを口にするやつがいたら、思いっきり冷めた目を向けながら正論という名で飾った罵倒をあらん限りぶつけてしまうだろう。現に今も、「あなたの家は他にない独自の視点を持った家庭教師を雇っているのね」の「あ」を呑み込んだところだ。ただの知人相手ならそのまま口に出していた。詳しい言い分を聞くくらいはしてやろうという、一応はまだ婚約者である男へのささやかな恩情である。


「ほら、君と僕は政略結婚で、お互い恋愛感情はないだろう?」

「そうね」


 これは単なる事実だ。真面目で誠実、朗らかで人当たりがよく人脈を築くのが得意な反面、貴族家の嫡男としては権謀術数に関していささか不安が残るセオドアに対して、家格が釣り合い政治的に問題ない家の娘の中で最もその点を補えるミリアンヌが選ばれただけのこと。ミリアンヌとしても()()気が強すぎると評される自分の気質をフォローしてもらえるのは悪くないからと断らなかっただけで、別にセオドアに対して特別な感情があったわけではない。


(だから他の女を好きになっても問題ないだろうって? 馬鹿にしてるわね)


 婚約してからこれまでの半年間、セオドアは良い婚約者だったとミリアンヌは自信を持って言える。いわゆる「モテる男」的な気の利いた真似をされたことは一度もないが、いつだって誠実に向き合ってくれていた。婚約者との間に甘い恋愛関係を夢見るような令嬢なら物足りなく感じたりもするのだろうが、ミリアンヌにとってはいい縁に恵まれたと素直に喜べる相手だったのだ。

 それがここに来てまさかの裏切り。たかだか半年程度では人の本性など分からないということか、それとも自分の一番の長所をどこかにおっことしてきてしまうほどに恋というのは人を惑わすものなのか。


「それでもふたりで支え合って暮らして、そのうち子供も産まれて……そして何年後か何十年後か、いつか君を愛しく思う時が来るかもしれないよね」

「……はい?」


 婚約は破棄かしら、次の相手になりそうな人は……すでに次の段取りに意識を移していたミリアンヌは、あまりにも想定外の方向に進んだ話に反応が遅れた。一瞬とはいえ思わず間抜けな顔を晒してしまったというのに、そうさせた当の本人であるセオドアはといえば。


「そうやって築いた愛こそが真実の愛なんじゃないかって、そう思ったんだ」


 変わらずキラキラとした顔で、そんなことを言うのだから。


「……はーっ……」


 まったく令嬢らしくない深々としたため息をついて頭を抱えたミリアンヌは何一つ悪くないと思うのだ。


「えっ、あっ、ご、ごめん!」


 初めて見せるミリアンヌの姿にセオドアは目を見開き、こちらも令息にあるまじき勢いで椅子を蹴倒して立ち上がった。


「いきなり愛とか言って気持ち悪かったよね!? あっ、それよりミリーに支えられてばかりの僕が『支え合って』とか言っちゃったのおこがましかったな!? え、そ、それとも子供のこと!? 別に産んでほしいってプレッシャー掛けてるわけじゃないからね!? できたら嬉しいっていう話で、できなかったら無理せず養子を――」

「好きよ」

「へぁっ!?」

「たった今あなたを好きになったわ」

「え!? あの、その」

「多分そのうち愛に変わると思うから。真実の愛とやらが築きたいなら、早く私の気持ちに追いつくことね。いい?」

「え、えっと、いきなりすぎて、何が何だか、」

「いい?」

「……っは、はいぃ……!」


 セオドアはミリアンヌの勢いに気圧されて訳も分からず頷いた様子だったけれど。


 そのままじっと見つめていたらじわじわと彼の頬が赤くなっていったので、ミリアンヌは大変満足して少しだけ冷めた紅茶を景気よく飲み干したのだった。


*


 ちなみに、一般的に使われる「真実の愛」の意味をミリアンヌに教えられたセオドアが目を白黒させることになったのは、また別の話。

「え、婚約者以外の相手と真実の愛……? な、なにそれ、どういうこと……?」

「あなたは一生分からないままでいいわ、テディ」

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真実の愛じゃなく愛の真実、的な
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