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王族兄妹は噂に事欠かない

公爵閣下、王女殿下を甘やかしすぎではありませんか!

作者: 透村
掲載日:2026/07/08

本作は、初めての方にもお読みいただける一話完結の短編です。

「閣下は最近、王女殿下を甘やかしすぎてはおられぬか」


 そう言葉を放った瞬間、握った手が汗ばんだ。

 だが、再び拳を握り直し、己を奮い立たせた。


 ——時は少し前に遡る。 

 騎士団長は考えあぐねていた。

 下手に出ることはできぬ、だがどう言葉を選ぼうと相手の気分を害すだろう。

 今からそういう類のことを、目の前の男に告げねばならなかった。

 だれか答えを教えてくれ、内心頭を抱えていた。


 顔ぶれはいつもと変わらぬ。

 宰相、騎士団長、少数の教師――そして公爵だ。


 いつもは公爵が優勢だ。

 やれ王子の学習速度がどうだ、素行がどうだと、毎度チクリと刺してくる。


 今日もそうだ。


「――計画より、遅れておられませんか」

「そうは言いましても、身につかぬまま先に進んでも仕方ないでしょう」

「王子殿下の覚えが悪いと、そうおっしゃっている?」

「そうではありません……進みが遅いのはそうです、しかし覚えが悪いわけではないのです。

 ここのところ、何事かお悩みなのか、気もそぞろでいらっしゃる……ということです」

「心当たりはないのですか」

「ゼト——騎士団長の息子が何かしら相談相手になってはいるようです」

「ふむ、貴方方は把握しきれていない、と」


 若造め、お前が王子を教育してみるがいい。

 仕方なかろう、我らが小さな太陽は悩める年頃なのだ。


 しかし今回は言われたままではおれぬ。

 公爵に、言ってやらねばならぬ事があったのだ。


「先程から黙っておられますが、騎士団長からは何かないのですか」


 来た!

 公爵の刺すような視線。端正な顔がその視線の冷たさを補強する。

 騎士団長はこれも苦手だった。

 せめて王女に向ける優しさの一匙でも、我らに向けていただけぬか。

 そう思いかけ、やめた。気味が悪かったのだ。


「あるには、あります」

「はい」

「あるには、あるのですが」

「はい」


 あるのだ、公爵に言いたいことが!


「率直に言っていただけませんか」

 公爵が訝しんでいる。


 言ったな公爵、あなたが言ったのだ。

 騎士団長は相手のせいにすることにした。


「あまり長引きますと……王女殿下がお待ちなのです」


 騎士団長は覚悟を決めた。


「それです」

 騎士団長の投じた一石は、議場に波紋を広げた。

 

「閣下は最近、王女殿下を甘やかしすぎてはおられぬか」

 教師陣の視線が一斉に騎士団長へ集まる。

 ええいままよ。

 騎士団長は勢いよく立ち上がった。

「見ましたよ!王女殿下に求められるがまま、手を繋いだり抱き上げたりしておられるだろう!」


 そして王子までもが、その様子を見たのだ。

 結果、困った事態が起きた。

 王子が騎士団長の胴にしがみつく遊びを覚え始めたのだ。

 王子がやり始めると、息子も真似しだす。

 さしずめコアラ。

 騎士団長は子どもたちのいい遊び場にされていた。

 

「王女殿下ももう七つになられたのだから、自立を促さねばいけないでしょう!」


 言った!

 心の中で拳を上げる。

 しかし騎士団長は公爵の目が見られなかった。

 その場に居た宰相と教師陣までもが目をそらした。

 騎士団長に、味方はおらぬ。


 公爵は今、どんな顔をしているだろうか。


「ふむ……その……公爵閣下、あまり気分を害されないで欲しいのですが、騎士団長の言うようなことは、私も感じておりました」

「そういったお姿は以前から何度かお見かけしておりましたが……頻度が増えておられませんか?」


 いや、騎士団長に味方は居た。

 宰相という味方だ。


「ふぅん?」

 公爵の声が、幾分低く響いた。

 騎士団長はまだ公爵の顔が見られない。


「お心当たりが、おありでしょう」

 宰相は詰める。

 騎士団長はおそるおそる公爵を横目で窺った。

「…………」


 公爵が一瞬視線を巡らせる。

 しばし間を置き、ふう、というため息と共に公爵が目を伏せた。

 その様が、妙に芝居がかって見えた。


「ままならないものですね……」

「近頃殿下が、私に我儘をおっしゃってくださることが増えたものですから……」

「できる限り望みを叶えて差し上げたい、という思いが先んじてしまったのかも知れません」

「あの方は、皆様ご存知の通り……あまりご自分の望みをおっしゃらないので」

「少し、行き過ぎたかもしれません」


 公爵はゆっくりと顔を上げ、今にも消えてしまいそうな表情でこちらを見やった。

 そのかんばせが切なげに歪み、藍玉の瞳が潤む。

 騎士団長は知らず知らずの内に胸を抑えていた。

 教師陣もまた、気まずげに視線を彷徨わせていた。


 ズルいぞ公爵!

 公爵は、自分の顔面の良さを知っている!


「閣下、閣下の献身は我々よく存じ上げております。ですから程々にしてくだされ、

 ……揶揄する者もおります故」


 宰相は騙されなかった、さすがだ。


 言うべきことは言ったが、最後は宰相が納めて会議は終わった。

 実際より、長く感じたのは何故だろう。

 会議の終わり際、公爵と目が合った。

 騎士団長が身構えると、彼はその指先を口元に添えクスリと微笑んだ。

 なんなんだ。


 公爵を見ると、騎士団長はいつも思いだす。

 ——公爵が、王女殿下の後見人に納まった日のことを。


 感情の見えない男だった。

 若く美しい公爵。城ではそう、噂になっていた。

 当時騎士団長は、公爵のことをそれだけしか知らなかった。

 初めて会った公爵は、顔に笑みを張り付けていた。腹の底は見えぬ、不気味な男であった。

 この男が幼子の後見人に。

 騎士団長は一抹の不安を抱いていた。

  

 結果、騎士団長の不安は杞憂に過ぎなかった。

 公爵は、騎士団長が思うよりはるかに王女の扱いに長けていたからだ。

 王女は彼の前では笑っている。何も憂慮することなどない。

 だが未だに、くすぶるものがある。


 この男を本当に信用していいものか、と。

 


 扉を開けると、議場の重たい空気とは裏腹に、廊下には柔らかな陽光が落ちていた。

 その先に、王女の姿があった。

 公爵の姿を認めると、王女は頬を高揚させて駆け寄ってきた。

「ルシ、終わった?」

「ええ、お待たせしてしまい申しわけありません」

 公爵は膝をつき、王女の頭を一撫でした。

「大丈夫、そんなに待ってないよ」

 緩みきった頬。王女は三日月のように目を細め、その手に頭を委ねていた。

 騎士団長から、公爵の顔は見えない。

 だが、想像はつく。


 若造め、改める気などないではないか。


「お茶に誘われて頂けますか?王女殿下」

 令嬢に接するように恭しく礼。芝居がかった演技が似合う男であった。

「うん、よろこんで」

 そして公爵が立ち上がると、王女が小さな手を公爵に差し出した。

 なんの戸惑いもなく、当然のようにその手を包む公爵。

 二人は会議室に背を向け歩き出した。

 繋いだ手を機嫌よく振り回す王女。

「ルシに食べてほしいケーキがあるよ」

「それは楽しみです」


 しばらくすると、王女がぴたりと立ち止まった。

  公爵が不思議そうに首を傾げた。王女はしばらく公爵を見上げ――。

 その上着をくい、と引いた。


 まるでそれが合図のように公爵がかがみ、王女の身を抱き上げた。


「……疲れちゃった」

「仕方ないですね、歩き始めたばかりじゃないですか」

「ほんとは待ってるの疲れたんだもん」

「おやおや……」


 王女を抱いた公爵が何事もなかったかのように歩き出した。

 王女は嬉しそうに公爵の肩に顎を乗せていた。


 その光景を目にした騎士団長の拳は自然と握られていた。


 ——いずれ後悔するぞ公爵め!

本作をお読みいただきありがとうございました。

ご興味を持っていただけましたら、こちらもご覧いただけると嬉しいです。

王族兄妹は噂に事欠かない 〜クセ者公爵の仮面の下〜

https://ncode.syosetu.com/n7643mh/

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