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前奏
王都マーレミアは海霧に包まれていた。
海運で栄えた都市だが、今日は静かだ。港の鐘が鳴り、負傷兵が運ばれ、そして一人の巨躯が城門をくぐる。
カイ。
鎧は砕け、拳は割れ、片目は腫れている。それでも歩いている。
王城の大広間は高く、海を模した蒼い装飾が壁を飾る。その中央に立つのは、ヴァウデオウス五世。
筋骨隆々の体躯。肩幅は広く、腕は太い。だが仕草はしなやかで、声はよく通る。
「……帰ったわね」
低く、包み込むような声。
カイは膝をつく。
「将軍エリス、戦死しました。」
空気が重くなる。
王は目を閉じる。
「そう」
短い一言。
だが拳がわずかに握られている。
「灰森の竜は……」
カイは顔を上げる。
「強い。人を理解し、守る戦いをする。そして・・・将軍の断潮を受けても立った」
王の瞳が細まる。
「断潮を?」
「はい」
沈黙。
それは哀悼ではなく、評価。
「ならば、あれは災いね」
王はゆっくりと玉座から立ち上がる。
背後に掛けられた大剣を手に取る。刃は厚く、重い。
「十二災冠に届くかしら」
その言葉に、側近がざわめく。
王は振り返る。
「動くわよ」
冷酷ではない。怒りでもない。
母の顔で言う。
「国民を守るために」
マーレミア王国が、正式に灰森の竜巣を“国家級脅威”と認定した瞬間だった。




