王種突破
中層の戦場が背後で唸り続けるなか、エリスとカイは深層へと続く通路を駆けていた。後続の拳士は二名のみ。だがそれもすぐに離脱する。構造が変わる。床の傾斜が変わり、天井の高さが変わり、空気の密度が変わる。ここから先は、選別の層だ。
振動が走る。
地面が盛り上がり、通路の幅いっぱいに灰黒色の塊が現れた。
ギガ・アイソポッド。
巨大な等脚甲殻王種。体長五メートル超。背面は多層装甲で、外殻の下にさらに殻があり、さらにその下に半透明の魔力層がある。丸まれば、魔力を反射する半球要塞と化す。斬撃は滑り、魔法は逸れる。
カイが前へ出る。
「来ます!」
ギガ・アイソポッドは即座に丸まった。多層殻が噛み合い、継ぎ目が消える。魔力層が展開し、反射膜が光る。
カイの拳が打ち込まれる。
鈍い衝撃。だが殻は割れない。反動が拳を弾く。
「硬い・・・!」
エリスは一歩踏み込む。丸い装甲の一部に触れる。
「……流れがある」
装甲はただ硬いのではない。衝撃を殻から殻へ、外周へ流している。波を散らす構造。ならば、流れの逆へ通せばいい。
エリスの掌が殻に当たる。
「海砕流・穿潮」
殻の上を撫でるような一撃。
衝撃は外へ逃げない。殻と殻の継ぎ目の“わずかな空隙”へ通り、内部の支持構造を揺らす。
丸い塊が、内側から軋んだ。
カイが追撃する。剛拳を一点へ叩き込む。今度は反動が弱い。
殻がわずかに歪む。
ギガ・アイソポッドは展開し、脚を広げ、顎で噛みつく。魔力反射膜が展開し、通路を塞ぐ。
エリスは踏み込み、殻の重なりに再び触れる。
「砕命」
短く、深い一撃。
多層殻の“支え”が内部から折れた。巨大な等脚王種が、外殻を保ったまま崩れ落ちる。内部は潰れている。
カイが息を吐く。
「まるで要塞でしたね・・・」
「殻は堅いが。中身は脆い」
エリスは振り返らない。進む。
だが深層はまだ遠い。
通路が急に広がる。天井が高くなり、足元が柔らかくなる。
一瞬、静寂。
次の瞬間、床そのものが裂けた。
ギガントワーム。
地中王種。全長二十メートル以上。口は多重構造で、歯の内側にさらに歯があり、振動感知で獲物を追う。通路ごと飲み込み、地形を変える。
巨口が迫る。
カイが前へ跳ぶ。
「下がれ」
ワームの顎を両腕で押し止める。骨が軋む音がする。質量は竜に近い。だがカイは止める。剛の拳士。足が床を抉り、踏ん張る。
エリスが動く。
ワームの体表は粘液で覆われ、斬撃は滑る。だが拳は違う。
エリスはワームの側面へ滑り込み、体節の継ぎ目に触れる。
「海砕流・穿界」
衝撃が、長い体を走る。
ワームが暴れ、通路が崩れる。天井が落ち、粉塵が舞う。カイが顎を押し返し、さらに一撃を叩き込む。
内部で破裂音。
ギガントワームがのたうち、崩れ落ちる。
通路が静まる。
カイは腕を振る。
「強いな、ここは」
エリスは短く言う。
「当然だ。核を守る層だ」
その言葉を、竜は深層で聞いている。
強い。だが、想定内。
竜は翼を広げる。空気が震える。
深層の広間は広い。柱は太く、影は濃い。中央に、灰色の巨体が立つ。
エリスとカイが踏み入れた瞬間。
空気が変わった。
上からではない。
横からでもない。
影の奥から、灰色の塊が突進する。
翼が空気を裂き、棘が閃き、巨体が横殴りに体当たりする。
カイが反応するより早い。
質量と速度。
真正面からの不意打ち。
カイの巨体が壁へ叩きつけられる。岩が砕け、鎧が軋む。呼吸が止まり、意識が飛ぶ。
床に落ちる。
動かない。
エリスは一歩も退かない。
灰色の竜が、ゆっくりと顔を上げる。
アメジストの眼が、将軍を映す。
「核を断つつもりか」
意味を持つ声。
エリスの瞳が、わずかに細まる。
「そうだ」
深層の空気が張り詰める。
守る者と、断つ者。
海砕流と、灰森の竜。
戦いが、始まる。




