灰森の竜巣へ
灰森の竜巣は、静かに待っていた。
中層へ至る通路は広く、だが緩やかに傾斜し、侵入者の重心を狂わせる角度で掘られている。影沼粘体は薄く床を覆い、光を吸い、音を鈍らせ、振動だけを竜へと届ける。鎖蛇は地中に潜み、断層蛇は目に見えぬ亀裂を仕込み、骨縫菌が天井を補強する。
灰殻騎士は広間の縁、高所へと立ち、かつての陣地構築と同じく、防衛線を想定した位置を選んでいる。
侵入者は整然としていた。
先頭はセルガルド。その背は確かに彼が英雄であることを物語っている。隣にイグレイン。杖の先に淡い光が灯る。少数精鋭の拳士たちが続き、その最後尾に、銀灰の髪を揺らす将軍エリスと、巨躯のカイがいる。
「罠が多い。だが焦るな」
セルガルドの声が響く。
「灰森の竜は中層で出る。深部は別働だ」
エリスは短く頷くだけだった。彼の視線は奥へ向いている。目的は一つ。核。
竜はそれを理解している。
深層で、アメジストの眼がわずかに細まった。侵入者の声は意味を持って届く。
「灰森の竜を押さえろ。竜巣の核を断つ」
竜は翼をわずかに広げる。背骨が熱を帯びる。自分を倒しうる存在がいる、と理解する。
中層の広間へ、侵入者が足を踏み入れた。
天井が高く、柱が多く、影が濃い空間。そこに、灰殻騎士が立っている。背に骨板、腕に鎖を巻き、空洞の中心を塞ぐように。
セルガルドの目が揺れる。
「……ルーカス?竜は?」
灰殻騎士は応えない。だがその足運びは、陣地防衛時と同じだった。高所を取り、側面を塞ぎ、侵入経路を限定する。
イグレインが息を呑む。
「戦術が……間違いなくやつのものだ」
拳士の一人が飛び出す。剛拳が灰殻騎士の鎧を打つ。重い衝撃。だが骨板が受け流す。鎖が巻き付き、拳士を引き寄せ、膝蹴りが鎧を砕く。
セルガルドが踏み込む。剣が振るわれ、骨板に火花が散る。灰殻騎士は後退せず、むしろ誘導する。鎖蛇が地面から伸び、侵入者の足を絡める。断層蛇が亀裂を走らせ、列を崩す。
「陣形を崩すな!」
セルガルドが叫ぶ。
エリスは動かない。
彼は観ている。魔力の流れ。共生種の連動。灰殻騎士が“中心”ではないことを理解する。
これはダンジョンの前哨。
カイが低く問う。
「将軍!」
「私は先に行く!」
エリスは中層の戦をセルガルドへ委ねる。
「灰森の竜がいない。おそらくより奥にいる!」
セルガルドが振り向かずに言う。
「任せろ!」
灰殻騎士が剣を受け止め、鎖を振るう。共生種が左右から迫る。影沼粘体が足場を奪う。
イグレインは杖を掲げ、詠唱を始める。魔力が走る。鎖蛇が焼け、断層蛇の亀裂が閉じる。だが焼いても焼いても、別の蛇が現れる。
竜は深層からそれを観ている。
灰殻騎士の動きに、セルガルドの癖が混じる。読み合いだ。これは個と個の戦い。
だが自分に迫る気配は、別だ。
エリスとカイ。
二つの足音が、中層を抜け、深層への通路へ向かう。
竜はゆっくりと翼を広げた。
「来い」
守る戦いが、始まる。
主人公「コアに怒られて奥に引きこもってるなんて想定外やろな。ぷーくすくす」




