合流
交易都市オルカは、まだ生きている。
港には船が停泊し、街道には避難民の列が続く。だが空気は重い。灰森の方角を向く視線が増え、鐘は一日に何度も鳴る。
城門が開く。
少数の一団が入城する。武装は軽い。旗も掲げない。先頭を歩くのは、小柄な人物。銀灰の髪が風に揺れ、白い顔立ちはどこか儚い。鎧も重装ではなく、簡素な軽装。武器は持たない。兵が囁く。
「……あれが将軍?」
「子どもじゃないのか」
「拳で戦うって噂は聞いたが……」
騎士団が壊滅したばかりだ。兵の神経は張り詰めている。希望を求める反面、疑いも強い。その視線を意に介さず、エリスは城館へ向かう。謁見の間に、鎧を纏うセルガルドが立っている。幾分かやつれているが目は死んでいない。
二人の視線が交わる。
「久しいな、海割り」
セルガルドが口角を上げる。
「王都以来だな、灰森の盾」
エリスの声音は静かだ。
形式ばった挨拶はない。互いを知っている。
王都での大戦。北方蛮族討伐。港湾防衛戦。名を並べれば、どちらも英雄だ。だが今は、戦況が違う。
「騎士団は?」
「壊滅だ」
セルガルドは隠さない。
「ルーカス以下、帰還せず。杭も奪われた」
エリスの瞳がわずかに細まる。
「ダンジョンか」
「その通りだ」
背後で杖の音が鳴る。
イグレインが進み出る。
「お久しぶりです、エリス将軍」
「老いたな」
「あなたは変わりませんね」
兵が再びざわめく。イグレインは振り返り、静かに告げる。
「彼と私は同年だ。齢70を越えている」
場が凍る。
「海砕流の継承者。南海の海獣討伐三十七件。王都防衛戦にて単身で魔導巨兵を破壊。北方の氷狼王を拳で沈めた人物だ」
兵の喉が鳴る。
エリスは表情を変えない。
「戦歴は不要だ」
セルガルドが笑う。
「相変わらずだな」
空気が少しだけ和らぐ。
だがすぐに戻る。
「将軍」
セルガルドが地図を広げる。
「奴は竜の姿を取る。中層までは共生種の連動。深層に核がある」
エリスは一瞥するだけで理解する。
「私は竜を止める。」
セルガルドの目が鋭くなる。
「竜は強い。質量も力も、海獣とは比べ物にならん」
エリスはうなずく。
「だが、砕けぬ道理はない」
その声は静かだが、確信がある。
カイが一歩前へ出る。
「核は私が引き受けます。深層へは少数で」
セルガルドが首を振る。
「オルカの精鋭も同行する。私も出る」
場がざわめく。
「領主が前線に出るなど——」
「灰森は我が領だ」
セルガルドは断言する。
「逃げる理由はない」
イグレインが静かに補足する。
「私も同行します」
エリスがわずかに視線を向ける。
「老体で大丈夫か」
「まだ、魔力は枯れておりません」
視線が交差する。
この場にいる全員が理解している。
帰還は保証されない。
エリスが短く告げる。
「明朝、侵攻」
兵の背筋が伸びる。
少女のような姿の将軍が、静かに歩み出る。
その背を見ながら、兵はもう疑わない。
海割り。
拳で海を砕く男。
灰森へ向かう潮が、港町オルカから立ち上がる。




