報告
夜明けとともに、灰森外縁は沈黙していた。
陣地は消えている。土嚢も杭も、見張り台もない。ただ大きく抉れた地面と、焼けた匂いと、消えた兵の痕跡だけが残っている。
偵察に出た騎士が、言葉を失った。
「……ありません」
副官が低く言う。
「何も」
陣地は壊滅ではない。消滅だ。
杭の残骸すら見当たらない。銀線も、先端石も、跡形もなく消えている。地面は不自然なほど均され、踏み固められている。
オルカへ報が届くまで、半日とかからなかった。
領主館は静まり返る。
「ルーカスは」
セルガルドの問いは短い。
副官は視線を落とす。
「確認できません」
「遺体は?」
「……ありません」
沈黙が落ちる。
イグレインがゆっくりと目を閉じる。魔力を探る。地脈は読める。杭の痕跡もわずかに残っている。だが――
「構造が、変わっています」
「どういう意味だ?」
「陣地の真下に大規模空洞。意図的な掘削。崩落誘導。杭は破壊ではなく、奪取された可能性が高い」
セルガルドの眉が動く。
「奪取?」
「はい。固定点ごと、取り込まれた」
書記が震える声で言う。
「十二災冠の記録に……ダンジョンが兵を喰らう、という記述が」
「黙れ...!」
セルガルドは怒鳴らない。だが空気が張り詰める。
「竜の目撃報告が複数上がっています。灰色。巨大。翼持ち」
イグレインは静かに首を振る。
「竜ではありません」
「では何だ」
「地核種の異常進化体。核を持つ構造体です」
その断言に、場が静まる。
「竜の伝承は、辰の災冠に由来します。今回のものは違う。」
セルガルドは窓の外を見る。灰森は変わらず静かだ。
「ならばどうする」
イグレインは答える。
「兵を集め直します。杭の再設計が必要です。単点固定ではなく、分散固定。共鳴を利用するのではなく、遮断する」
「時間は」
「足りません」
それが事実だ。
農村は二つ失われ、騎士団は主力を欠いた。冒険者も消耗している。だが灰森は沈黙している。拡張は目に見えてはいない。
セルガルドは静かに決める。
「防衛を優先する。森へはすぐには踏み込まない。だが放置もしない。情報を集めろ」
「承知しました」
イグレインは一瞬だけ目を細める。
「……あれは、学んでいます」
「何を?」
「こちらの戦術を」
地下では、灰殻騎士が立っている。
崩落した広間の上層、迎撃に適した位置へ自然と移動している。命令を待つわけではない。配置が最適化されている。
核が淡く告げる。
『防衛適性、正常。隊列構築パターン、再現可能』
灰色の巨体がそれを見下ろす。
翼がわずかに動く。
ダンジョンは拡張だけでなく“対人戦”を学んだ。
そして地上では、竜の噂が街を満たす。
「灰森の竜」
その名が広がるたび、恐れもまた広がる。
だがイグレインは一人、違う名で考えている。
「……地核種」
戦は終わっていない。形を変えただけだ。




