残響の騎士
崩落した陣地の残骸は、すでに素材へ変わりつつあった。
鎧は分解され、鉄は運ばれ、木材は骨縫菌に絡め取られる。影沼粘体が血を吸い、空洞は静かに再整形される。戦の痕跡は、保存ではなく再利用へ回る。
その中央で、ルーカスはまだ息をしていた。
重傷だ。鎖蛇に締められ、穿界蟲の突き上げを受け、骨は折れ、内臓も無事ではない。だが意識は途切れていない。理知は残っている。
灰色の巨体が近づく。
アメジストの眼が、彼を見下ろす。
敵意はない。評価だけがある。
地面がわずかに脈打つ。骨縫菌が、ルーカスの鎧の隙間へ細い糸を伸ばす。白い菌糸が傷口へ入り込む。痛みはある。だが悲鳴を上げる力はもうない。
ダンジョンの深層で、核が静かに告げる。
『高位個体。戦術思考保持。防衛適性、極めて高』
骨縫菌が神経へ触れる。記憶は読み取られない。奪われもしない。ただ、構造だけが抽出される。防衛線の組み方。退路の確保。隊列再編の優先順位。
ルーカスの視界が揺らぐ。
彼は最後に理解する。これは捕食ではない。転用だ。
菌糸が背骨に絡む。骨が軋む。灰色の硬質物が皮膚の下で広がる。鎧と肉の境界が曖昧になり、骨が外へ露出する。目の焦点が失われる。
意識は、消える。
瞳の光が消えた後、再び灯る。
だがそこに理知はない。
立ち上がったそれは、もはやルーカスではない。
全身は半ば骨質に覆われ、鎧は肉と癒着している。肩から背へかけて灰色の骨板が伸び、盾のように広がる。右腕は異様に肥大し、剣を握るためではなく、叩き潰すための形へ変わっている。左腕には鎖が巻き付き、それ自体が武器となる。
瞳は空洞。奥で淡い紫の光が揺れるだけ。
ダンジョンの防衛構造に、新たな中核が加わる。
『名称付与。灰殻騎士』
核の声は静かだ。
灰殻騎士は一歩踏み出す。足取りは重いが安定している。崩落した地面を確認し、自然と高所へ位置取る。防衛に適した場所へ立つ。
それは記憶ではない。適性だ。
マーサの亡骸は、別の用途へ回された。戦術価値が低いわけではない。だが構造化には適さなかった。ただ骨縫菌に包まれ、素材へ還る。
ダンジョンは感傷を持たない。
灰色の巨体がそれを見届ける。アメジストの眼が一瞬だけ灰殻騎士を映す。脅威ではない。戦力だ。
地上では、竜の噂が広がっていた。
だが地下では、竜の影の下に、騎士が立つ。
自我を失い、防衛のためだけに存在する騎士。
ダンジョンは拡張だけでなく、防衛も手に入れた。
そして核は、静かに次を見ている。




