対策
交易都市オルカの議事堂は、普段よりも静まり返っていた。
灰森の方角に向いた窓は閉ざされ、分厚い机の上には地図が広げられている。赤い印が三つ。外縁の農村。魔物の活性報告が上がった地点だ。
「王が消えれば、森は静かになるはずだった」
セルガルドは腕を組み、地図を見下ろす。声は苛立ちを含んでいるが、怒鳴りはしない。
「だが実際は逆だ。圧が増している。説明しろ、イグレイン」
老役人はゆっくりと前へ出た。杖は持っていない。ただ片手を地図の上にかざす。
「森の重みは抜けました。間違いありません。ですが――」
指先が止まる。
「固定されました」
「固定?」
「はい。魔力が沈まず、地に留まっています。これは巣の規模を超えています」
議事堂に低いざわめきが走る。
若い騎士が口を開く。「新たな王ですか?」
イグレインは首を振る。
「個ではありません。構造です」
その言葉に、古文書を抱えた書記が息を呑む。
「……まさか」
イグレインは静かに言う。
「ダンジョンです」
沈黙。
セルガルドの視線が鋭くなる。「確証はあるのか」
「地脈が縫い止められている。境界が線になりつつある。これは自然発生ではありません」
書記が震える声で続ける。
「古記録にあります。森が一夜で“深くなった”と。十二災冠の一柱が目覚めたときの記述です」
ざわめきが強まる。
「黙れ」
セルガルドの一声で静寂が戻る。
「十二災冠は伝承だ。だが――構造ならば、対処はある」
視線がイグレインへ向く。
老役人はうなずいた。
「封鎖杭を投入します」
議事堂の空気が変わる。
「地脈を固定し返す。ダンジョンが流れを支配するなら、こちらも支配する」
「危険は?」
「共鳴に弱い。波形が乱れれば逆流もあり得ます。ですが、放置すれば...」
セルガルドは即答した。
「やる」
迷いはない。
「浅域に三本。外縁に二本。灰森を囲むように設置しろ。騎士団は?」
扉が開き、団長ルーカスが入る。鎧の金属音が静かに響く。
「待機しております」
理知的な目が地図を捉える。
「任務は陣地構築と杭の防衛。侵攻ではない。」
「徹底します」
副団長マーサが一歩後ろでうなずく。
イグレインは最後に付け加えた。
「忘れるな。相手は個ではない。森という構造そのものだ」
ルーカスはわずかに目を細める。
会議は終わる。命令が下る。杭の運搬準備、兵の選抜、補給路の確保。
窓の外で鐘が鳴る。
灰森はまだ遠い。
だが、境界は静かに押し寄せている。
イグレインは一瞬だけ空を見上げた。




