認識
灰森の空気が、わずかに変わった。
朝靄の中、交易都市オルカの城壁上で見張りが眉をひそめる。
「森が……近い?」
距離が縮んだわけではない。だが圧がある。森が膨らんだような感覚。鳥の群れが一斉に飛び立ち、狼の遠吠えが浅域へ寄る。
領主館では、イグレインが杖も持たずに立っていた。指先をわずかに掲げ、空間を撫でる。魔力の密度が跳ね上がっている。しかも、点ではない。固定されている。地へ沈まず、留まる。
「王が、消えました」
セルガルドは机から顔を上げる。「確かか」
「はい。地脈の重みが抜けました。その代わりに、別の脈が立っています。規則的で、広がる。巣ではありません」
イグレインは目を閉じ、深く息を吸う。あの夜、弟子の灯が消えた場所と同じ方角だ。地下で何かが起きた。王の死は終わりではなく、起点。
「ダンジョン、です」
言葉は静かに落ちた。軽々しくは言わない。だが他に呼びようがない。魔力を固定し、周囲を変質させ、形を持つもの。森の王を超える脅威。
セルガルドは立ち上がる。「確認する。浅域を封鎖。無闇に入るな。森を焼くことも視野に入れる。目を離すな」
「封鎖杭を準備します。地脈の観測も強化を。……急がねばなりません」
ギルドでは、オリバーが地図に印を打つ。王の目撃地点、その後の空白、そして新たに感じる圧の中心。盗賊団が消えたと噂が重なる。
「王が変わり、森が静かになるはずがない」
若い冒険者が息を呑む。「地核種の巣か...」
オリバーは短く言う。「巣じゃない。あれは……ダンジョンだ」
灰森の浅域では、鹿の群れが進路を変え、狼が縄張りをずらす。森は主を失った。だが空白は長く続かない。地下から新しい脈が、ゆっくりと周囲を押し広げている。
領主館の窓辺で、セルガルドは森を見やる。「森の王を討つことが悲願だった。だが、その先があるとはな」
イグレインは淡々と答える。「王は個。ダンジョンは群。時間と共に強まります。……ご準備を」
命令が下る。観測班、封鎖杭、浅域の立入制限。人は理解する。王の死が終わりではないことを。
灰森に、新たな王が立った。
___________________
そして地下では、未熟な核が静かに脈を打つ。
『外界、警戒度上昇。拡張を急ぎますか』
翼を持つ巣の主は、崩れた空洞を見渡す。広げる。託す。そのために。
森は静かに、戦の形を変えた。
若い冒険者・・・ドヤ・ガオデ・マチーガゥ
どや顔でそれっぽいことを言うけどいつも冷静に訂正されるあの人。まあまあ強い。十分の一くまさんぐらい。




