継承
王の重さが、完全に抜けた。
崩れた空洞に残るのは血の匂いと、まだ温い魔力だけだった。倒れ伏した巨体から、目に見えない奔流が溢れ出す。地へ沈むはずのそれは、空洞に留まり、巣の壁を、天井を、床を震わせる。
土が鳴る。
水が揺れる。
ロホスライムが壁に吸い付き直し、粘膜が厚みを増す。ディープスライムは水面を張り替え、透明度を上げる。甲殻虫が一斉に静止し、土蛇は地中で身を固める。
魔力が、濃い。
空間がわずかに軋む。崩れたはずの支柱が、硬質に変わる。百足の殻は石のように締まり、通路の壁は締結し直される。巣が、固まる。
その中心で、巣の主の背骨が熱を帯びた。
これまで何度も走った熱とは違う。逃げ場のない灼熱が、脊椎を上へ走る。骨が鳴る。鱗の下で何かが押し上げる。
止まらない。
背が裂ける。
骨が外へ伸びる。肉が裂け、血が流れる。だが叫ばない。踏みとどまり、地面に爪を立てる。骨は左右へ広がり、肋のように張り出す。そこへ肉が追いつき、皮膜が張る。
翼。
まだ濡れている。だが厚い。羽というより、骨の板。広げると空洞の風を受け止める。畳めば背を覆い、盾となる。
熱はまだ終わらない。
空洞の中央、崩落の跡地に、魔力が集まる。血と水が混ざった地面が白く光り、固まり、滑らかな核を形作る。石ではない。卵でもない。鼓動のある塊。
巣が、それを中心に再び脈打つ。
巣の主は新たな翼をゆっくりと動かし、空洞を見渡す。王の巨体は動かない。
核が、かすかに震えた。
ひびのような光が表面を走る。内部で何かが組み上がる気配。だが不安定だ。脈が揃わない。
巣の主は一歩近づく。
核が、応じるように明滅する。
そして、初めての音が空洞に落ちた。
『……認識、開始』
声は小さい。澄んでいるが、揺れている。
『魔力濃度……過剰。制御……不完全』
光が乱れ、核の表面がひび割れそうになる。空洞の壁が震える。ロホスライムが過剰に膨らみ、ディープスライムが波立つ。土蛇が地中で暴れる。
『安定率、低下……主……』
声が途切れかける。
核の脈が乱れる。
未熟だ。
だが、そこに在る。
巣の主は翼を広げ、核を覆う。外部の振動を遮る。鼓動がわずかに整う。
静寂が戻る。
核の内部で、淡い光がゆっくりと一定の間隔で明滅する。
『……接続、暫定完了』
空洞は、以前よりも広い。
巣は、以前よりも強い。
そして中心には、まだ幼い脈がある。




