後発組の進撃
砕顎暴獣竜・・・見た目はTーLEX。成長すれば熊さんぐらいには強くなると思う。王級=上位個体です。訛りみたいなものです。
灰森へ向かう道は、以前よりもはっきりしていた。
踏み固められた獣道の脇には簡素な道が敷かれ、危険な沼地や大型魔物の巡回域には赤い布が結ばれており、それだけで人類側がこの森をただ恐れる段階を越え、少しずつ読もうとしていることが分かる。
天頂の七星があえて出発を遅らせたのも、その情報を待つためであり、無謀に先行するより、整理された危険地帯の方が討伐効率は高いと判断していたからだ。
「先発組の犠牲で道が見えたってわけか」
「言い方は悪いが、事実だ。だから無駄にはしない」
先頭を歩くレグナードは地図を広げることなく進んでいたが、その歩みには迷いがなく、外縁の森に点在する足跡や折れた枝、魔物の糞や縄張りの匂いまで拾って進路を組み立てている。
後ろでは荷を背負ったルクスが息を整えながらついてきており、以前のように足をもつれさせることはないものの、それでも周囲に漂う重い魔力に何度も喉を鳴らしていた。
「恐怖を抱くなとは言わん。ただ、止まるな」
「……はい。」
天頂の七星の左右には、今回同行を決めた他の有力冒険者達が展開していた。
銀狼の牙は中堅ながら連携戦闘に長けた四人組であり、リーダーのガルド・フェンリスが前方警戒を担当し、斥候役のミレナ・クロウが左右の茂みを流れるように走って気配を拾い、ボルグ・ダンハルとエルシア・ルミナが後続を支える形で動いている。
灰狼隊もまた別方向の警戒線を引いており、この合同編成そのものが“王級頂点種がいるかもしれない古城へ向かう”ための慎重さを示していた。
「噂の古城はまだ遠いのか」
「全力で進んでも後3日はかかる。だが、その前に何か出ると思っておけ」
その予測は、ほどなく当たった。
森が途切れ、潰れたように平坦な地面が広がっていた場所に差しかかった瞬間、前方の低木が横殴りに弾け飛び、その奥から巨大な影が滑るように飛び出してくる。
前傾した巨体、発達した後肢、横に広い顎――探索報告にあった上位個体、砕顎暴獣竜だった。
「来るぞッ!」
「前衛、受けるな! 流せ!」
砕顎暴獣竜は真正面から叩き潰すのではなく、斜めに踏み込んで隊列の端を食い破ろうとしており、その顎が振り抜かれた瞬間、空気ごと削るような衝撃が地面を走って、前に出かけていた灰狼隊の一人の脚元をえぐり取る。
しかしレグナードが半歩だけ前へ出て聖剣を斜めに差し込み、衝撃の芯を外へ流したことで直撃は逸れ、そのまま銀狼の牙のボルグが戦斧を地面へ叩きつけて土砂を噴き上げ、魔物の視界を一瞬だけ奪う。
「今だ、脚を止めろ!」
「任せな!」
ミレナが土煙の中を低く滑り込み、後肢の腱へ二刀を交差させるように突き入れると、傷そのものは浅いのに、その一瞬の引っ掛かりで砕顎暴獣竜の踏み込みがわずかに乱れ、そこへ七星側の魔法が重なって地面を凍らせる。
巨体は止まらないが、加速を失ったことで軌道がぶれ、その横腹へ別方向から斬撃が走った。
「浅い! 硬すぎる!」
「浅くても攻撃を重ねろ!」
砕顎暴獣竜は咆哮と共に体をねじり、尾を鞭のように振るって周囲をなぎ払うが、今度は灰狼隊が盾と槍で距離を作り、真正面ではなく横から圧をかけることで顎の射線を散らしていく。顎が強いのなら、その正面に立たなければいい。言葉にすれば単純だが、実際にそれを全員で共有し続けるには経験が要る。
「正面は捨てろ! 右へ回せ!」
「了解、右に寄せる!」
レグナードはそこで初めて本格的に踏み込んだ。聖剣が白く発光するより先に足が地を打ち、その加速で一気に間合いを詰めると、砕顎暴獣竜が迎え撃つように口を開く。
しかし彼は剣を振り下ろさず、刃を縦に立てたまま顎の内側へ滑り込ませ、噛み合わせの軌道そのものをずらすことで閉じる力を殺した。
「閉じさせるな!」
「拘束、入る!」
次の瞬間、後方から放たれた拘束魔法が前肢と首に絡みつき、銀狼の牙のエルシアが放った光矢が目元を焼く。視界を奪われた砕顎暴獣竜は暴れるしかなく、そのたびに脚の傷が広がって体勢が崩れ、ついに右へ大きく傾いだ。
「倒れるぞ!」
「そこだ、ボルグ!」
ボルグの戦斧が唸りを上げて側頭部へ叩き込まれ、その一撃で骨装甲に罅が走ると、直後にレグナードの聖剣が同じ箇所へ滑り込む。二撃目は斬るためではなく、罅を広げて内部へ届かせるための刺突であり、刃が深く沈み込んだ瞬間、砕顎暴獣竜の巨体が跳ねるように震えて、そのまま前のめりに崩れ落ちた。
「……やったか?」
「油断するな。息を見ろ」
巨体はなお痙攣していたが、顎の開閉は止まり、濁った呼気が数度漏れたのを最後に動かなくなる。討伐自体は成功だった。しかも苦戦はしたものの、合同隊としては崩れず、古城へ向かう前哨戦としては上々の結果でもある。
「後発組、ってのも悪くないな」
「笑うのは早い。そもそもこいつは狙いの古城の主じゃない」
その言葉で全員の空気が引き締まる。砕顎暴獣竜ほどの個体ですら、あくまで古城へ向かう途中に現れた障害にすぎない。つまり、この先にいる“何か”はそれ以上である可能性が高い。ルクスは倒れた巨体を見上げながら、喉の奥に残る血の匂いを飲み込むように息をした。
「これでも……道中なんですね」
「そうだ。だから今は、勝った気になるな」
再び進軍が始まる。討伐した死体は必要最低限だけ剥ぎ取られ、進路確認のために目印が残されるが、誰も長居はしない。森の奥に向かうほど空気は重くなり、魔力は薄い霧のようにまとわりつき、遠くには木々の切れ目の向こうで黒い影が見え始めていた。崩れた塔、歪んだ城壁、そして静かすぎる街路。
「……見えたな」
「古城、到達圏内だ」
だが、この話ではまだ辿り着かない。天頂の七星も、銀狼の牙も、灰狼隊も、全員がその沈黙に違和感を覚えていたからだ。古城は近い。近いのに、近づくほど気配が減っていく。それは安全ではなく、明らかに“待たれている静けさ”だった。
「今日はここで止める。陣を張って、夜は二重警戒だ」
「慎重すぎる、とは言わねえよ。あの静けさは気味が悪い」
誰も反対しなかった。王級頂点種がいるであろう場所を前にして、勢いで踏み込むほど彼らは未熟ではない。砕顎暴獣竜を倒したからこそ分かる。この森では、勝った直後が一番危うい。
「ルクス、お前は外周の補給確認に回れ」
「はい」
「明日からが、本番だ」
古城は、まだ沈黙している。
しかしその沈黙が何を示しているかは誰にも分からない。




