8筋 魔王軍最高の筋肉を持つ男
魔王軍訓練場。
そこは今や、戦場ではなく筋肉の試練場と化していた。
鉄を担ぎ、地を踏み、汗を流す魔族たち。
魔王軍参謀ボウサンの指示のもと、全軍が筋トレに励んでいる。
その中で、一人だけ異質な存在がいた。
ダービル。
魔王軍最高の筋肉を持つ男。
鎧を脱いだ上半身は、彫刻のよう。
筋肉の一つ一つが、自己主張している。
「……勇者タケスケ・ウチト」
低く唸る声。
「貴様の筋肉が、世界を狂わせたと聞く」
*
街道。
竹助は、いつものように歩いていた。
神官が、慣れた距離で同行している。
そこへ。
「待て」
地鳴りのような声。
ダービルが、道を塞いだ。
「どちらの筋肉が上か――」
「分からせてやる」
神官が息を呑む。
「せ、戦闘に……?」
「違う」
竹助は、静かに言った。
「筋肉だ」
*
対決の場は、自然と広場になった。
武器はない。
魔法もない。
あるのは――筋肉。
「来い」
ダービルが、胸を張る。
次の瞬間。
マッフルポージング。
互いに構え、筋肉を最大限に誇示する。
「ハッ!」
「フンッ!」
筋肉が、盛り上がる。
*
周囲の魔族たちが、なぜか合いの手を入れ始める。
「ナイス上腕!」
「背中が割れてるぞ!」
「キレてる! キレてる!」
誰も止めない。
止められない。
筋肉同士が、会話していた。
*
「く、やるな!」
「だが、これで最後だ」
ダービル、渾身のモストマスキュラー
ポーズは完璧だった。
見栄え。
迫力。
威圧感。
だが――
竹助は、動かない。
「……?」
そして、ゆっくりと構える。
サイドチェストーーー。
一切の無駄がない。
力は内側で、静かに燃えている。
次の瞬間。
ふわりと、光が溢れた。
聖なる光。
筋肉から滲み出る、純粋な輝き。
「……まぶしい……」
ダービルの表情が、変わる。
*
光は、破壊しない。
押し潰さない。
ただ――
心を、洗った。
ダービルは、膝をついた。
「……俺には……」
「何が、足りなかったのだ……」
竹助は、静かに答える。
「見てくればかりを気にして」
「インナーマッスルがおろそかだったのさ」
沈黙。
「……なるほど」
ダービルは、笑った。
「勝てないわけだ」
*
彼は立ち上がり、深く頭を下げる。
「俺は……鍛え直す」
「見せる筋肉ではない」
「支える筋肉を」
竹助は、頷いた。
「それが、真理だ」
*
ダービルは背を向け、歩き出す。
その背中は――
敗北ではなく、進化への決意を背負っていた。
神官が、小さく呟く。
「……戦闘、ではなかったですね……」
「筋肉は、戦わない」
竹助は言う。
「高め合う」
遠くで、ダービルの声が響いた。
「次に会う時は……」
「呼吸から鍛えておく」
誰も、笑わなかった。
その日、魔王軍は知る。
――筋肉には、序列ではなく深度があると。




