7筋 魔王軍、動く
魔王城・最深部。
黒曜石の玉座に座す者――
魔王オーマ。
世界最強。
あらゆる魔法体系を極め、破壊と支配を思うままにしてきた存在。
その前に、巨大な水晶が浮かんでいる。
戦場を映す、監視用魔導水晶。
映像の中。
切り込み隊長ポウセンが、拳一つで地形を消し飛ばす勇者を前に――
武器を下ろし、帰郷を宣言していた。
水晶が、静かに暗転する。
*
沈黙。
魔王オーマは、しばらく動かなかった。
怒りもない。焦りもない。
ただ――
「……これ」
低い声。
「無理じゃね?」
魔族たちが、凍りつく。
*
「拳圧で、山が消える」
「魔法反応、なし」
「分身は高速移動」
「攻撃は寸止め」
オーマは指を組み、冷静に分析する。
「……勝ち筋が、見えん」
魔族の一人が恐る恐る言う。
「で、ですが魔王様……」
「魔法で遠距離から……」
「無理だ」
即答。
「距離を取れば詰めてくる」
「拘束すれば耐えられる」
「即死魔法? 効かんだろ」
誰も、反論できなかった。
*
オーマは、静かに立ち上がる。
「方針変更だ」
空気が張り詰める。
「勇者タケスケ・ウチトは――」
「討伐対象ではない」
ざわめき。
「では……?」
オーマは、真剣な顔で言った。
「対策は、筋肉しかない」
*
参謀席から、一人の男が進み出る。
魔王軍参謀・ボウサン。
知略担当。
冷静沈着。眼鏡をかけている(伊達)。
「……承知しました」
誰よりも真面目な顔だった。
「まず、勇者の筋肉は魔法的強化ではありません」
「純粋な肉体運用」
「つまり――」
ボウサンは、黒板に文字を書く。
《負荷・回復・栄養》
「鍛錬理論です」
魔王オーマは、頷いた。
「続けろ」
*
「既存の魔王軍訓練は、戦闘前提であり」
「筋肥大を目的としていません」
「根本的に、甘い」
ざわ……。
「よって、提案します」
ボウサンは、資料をめくる。
「全軍に――」
「筋トレを導入」
沈黙。
魔族たちの顔が引きつる。
「ま、魔王軍が……?」
「スクワット……?」
「必要です」
ボウサンは一切ぶれない。
「勇者は、筋肉で世界法則を上書きしています」
「ならば我々も、筋肉で対抗すべきです」
*
オーマは、腕を組み、考え込む。
「……筋トレか」
「はい」
「地獄の訓練になるぞ」
「承知しています」
オーマは、ふっと笑った。
「面白い」
そして宣言する。
「本日より――」
「魔王軍、筋肉改革期に入る」
*
その日。
魔王軍施設に、新たな掲示が貼られた。
――朝礼前、腕立て百回。
――魔力行使前、スクワット五十回。
――詠唱は、プランク中に行うこと。
悲鳴が、各地で上がった。
*
玉座の間にて。
オーマは、水晶の前で独り呟く。
「勇者よ……」
「お前が現れなければ」
「俺は、最強のままだった」
そして、小さく続けた。
「……だが」
「筋肉を鍛えるのも、悪くない」
遠く離れた場所で。
くしゃみをする者が一人。
「……プロテインが、足りていないな」
竹助は、今日も鍛えていた。




