6筋 魔王軍幹部ポウセン、筋肉に悟る。
魔王軍前線拠点。
血と鉄の匂いが染みついた広間で、一人の男が笑っていた。
魔王軍幹部・ポウセン。
切り込み隊長。
好戦的にして、実力主義。
これまで数多の街を落とし、上位冒険者をねじ伏せてきた男だ。
「筋肉の勇者だと?」
ポウセンは鼻で笑った。
「噂だけで強者扱いされる奴ほど、叩くと脆い」
*
街道付近。
魔王軍の先遣隊と、迎え撃つ冒険者たち。
「行くぞ!」
Aランク冒険者の剣が唸る。
魔法が飛ぶ。
連携も完璧だった。
だが――
ポウセンは、正面から踏み込んだ。
「遅い」
一撃。
剣ごと叩き落とす。
二撃。
魔法詠唱を、拳で中断させる。
三撃。
地面に、冒険者が転がった。
「これが現実だ」
ポウセンは、拳を鳴らす。
「筋肉だろうが勇者だろうが――」
「殴り合いなら、俺が上だ」
その時。
「下がれ」
低い声が、戦場を切った。
*
竹助が、歩いてきた。
神官が、少し後ろで息を呑む。
ポウセンは、即座に察した。
「……お前か」
「いかにも」
竹助は、静かに立つ。
「通りすがりの筋肉だ」
*
ポウセンは、にやりと笑った。
「いい体だ」
「だが、戦いは筋肉の量じゃない」
「知っている」
竹助は頷く。
「使い方だ」
ポウセンは踏み込んだ。
速い。
重い。
殺意に迷いがない。
だが――
当たらない。
「……?」
目の前にいるはずの竹助が、揺れる。
次の瞬間。
「何人いる……?」
*
竹助は、反復横飛びをしていた。
常人には追えない速度。
踏み込みと切り返し。
筋肉による、純粋な機動。
残像が、分身のように見える。
「魔法……じゃない……?」
神官が呟く。
「筋肉だ」
即答だった。
*
ポウセンは歯を食いしばる。
「舐めるな!」
全力の突進。
その瞬間――
竹助が、止まった。
拳を引き、
腰を落とし、
寸止めで突く。
*
――ズンッ!!!!
拳は、ポウセンに触れていない。
だが。
真後ろの小山が、消えた。
土砂が吹き飛び、岩が砕け、
風圧だけが、遅れて襲う。
ポウセンの頬を、風が裂いた。
「……」
彼は、ゆっくりと振り返る。
そこには――
存在していたはずの地形が、なかった。
*
拳を下ろした竹助が言う。
「今のは、当てていない」
「プロテインも、足りていない」
ポウセンは、理解した。
勝てない。
理屈ではない。
筋肉の格が違う。
彼は、拳を解いた。
*
「……魔王様」
静かに、空を仰ぐ。
「申し訳ありません」
そして、はっきりと言った。
「田舎に帰らせていただきます」
神官が、思わず聞き返す。
「……帰る、のですか?」
「ああ」
ポウセンは、妙に晴れやかな顔だった。
「鍛え直す」
「畑を耕し、山を越え、牛を担ぐ」
「まずは、基礎からだ」
竹助は、一度だけ頷いた。
「それでいい」
*
ポウセンは背を向け、歩き出す。
「次に会う時は……」
立ち止まり、振り返る。
「もう一度、挑んでもいいか?」
「構わん」
竹助は答える。
「筋肉は、逃げない」
ポウセンは、笑った。
その背中は――
敗者ではなく、再出発する者のものだった。
魔王軍は、この日知る。
――勇者は、討ち取る存在ではない。
――進路を、狂わせる存在だと。




