筋3 荒れた畑に筋肉を
勇者に与えられた、最初の任務。
それは、あまりにも平凡だった。
「荒れた畑を……耕していただきたいのです」
依頼主は、神殿近郊の農夫だった。
魔物被害と日照りにより、畑は固く、ひび割れ、鋤も入らない状態になっている。
神官は、慎重に言葉を選びながら竹助を見た。
「……戦闘ではありません。力加減が重要な作業です」
「畑は……壊しては、いけません」
「理解している」
竹助は静かに頷いた。
「筋肉は、繊細だ」
農夫は少し安心した。
*
現地。
畑は確かに荒れていた。
土は固く、踏めば砂埃が舞う。
「ここを……耕していただければ……」
農夫が恐る恐る言う。
竹助は、畑の端に立った。
靴を脱ぎ、地面に足を下ろす。
「……準備運動は必要か?」
「え?」
次の瞬間。
タン、タン、タン、タン――!!
竹助は、畑の上で反復横飛びを始めた。
「え?」
農夫の声は、そこで途切れた。
*
竹助の足が着地するたび、
ドンッ、ドンッと低い衝撃音が響く。
だが、土は砕けない。
潰れない。
むしろ――
「……柔らかく、なっている?」
神官が呟く。
踏み込む角度。
反発を殺す着地。
筋肉による、精密な衝撃制御。
竹助の反復横飛びは、耕作そのものだった。
畑全体が均一に揺れ、
固く締まっていた土は、空気を含み、ふかふかに変わっていく。
「ば、馬鹿な……鋤より均一だ……」
農夫は震えていた。
*
数分後。
竹助は止まり、息一つ乱していない。
「終わった」
畑は、見事に耕されていた。
理想的な土壌。
水はけも、通気性も完璧。
「……す、すごい……!」
農夫は感動に目を潤ませ、急いで種袋を持ってくる。
「で、では……種を……」
農夫が畑に種を撒く。
その瞬間。
ズズズ……
土が、わずかに脈打った。
「……?」
芽が、出た。
早すぎる。
「ちょ、ちょっと待って……」
芽は茎になり、
葉が広がり、
一気に成長を始めた。
「えええ!?」
*
野菜が育つ。
だが――様子がおかしい。
大根は、腹筋のような筋が浮き出ている。
人参は、明らかに力こぶを作っている。
キャベツは、葉が重なり合い、大胸筋の隆起のようだ。
「……筋肉に、呼応している……?」
神官が呆然と呟く。
竹助は腕を組み、頷いた。
「種も、鍛えられたようだな」
最後に収穫されたカボチャは――
堂々とマッチョポーズを取っていた。
「グッ……」
見えないはずの力こぶが、確かに主張している。
農夫は、野菜を手に取り、しばらく沈黙した後、正直に言った。
「……すごいけど……」
全員が息を呑む。
「……使いづらいなぁ……」
*
切ろうとすると、包丁が弾かれる。
煮込もうとすると、煮崩れない。
何より、野菜がやたら自己主張してくる。
「俺は……食材だ……」
「調理前のストレッチは済んでいる……」
誰も、笑わなかった。
ただ、困惑していた。
*
竹助は畑を見渡し、静かに言った。
「過剰だったか」
「い、いえ! 収穫量は過去最高です!」
農夫は慌てて首を振る。
「ただ……次は……もう少し、自然な感じで……」
「理解した」
竹助は深く頷く。
「筋肉は、時に加減が必要だ」
彼は空を仰ぐ。
「プロテインが多すぎたのは……畑の方だったな」
その日、村は史上最大の豊作を迎えた。
同時に――
“筋肉作物”という、新たな農業問題が生まれた。




