25筋 筋肉に不可能はない
竹助は、
立ち上がらない。
*
それでも、
もう誰も「倒れている」とは思っていなかった。
*
理由は単純だ。
*
筋肉が、休んでいない。
*
魔王オーマは、
その異変を、
自分の超筋肉で感じ取っていた。
*
(……血流が……)
*
(……違う……)
*
(増えている、のではない)
*
(……集中している……)
*
竹助の筋肉は、
無秩序に膨張していない。
*
破裂寸前の風船ではない。
*
――設計された爆発だ。
*
参謀ボウサンの、
喉が鳴る。
*
「……パンクアップ……」
*
誰に向けた言葉でもない。
*
学術的結論が、
口をついて出ただけだった。
*
「血流量の増大……」 「毛細血管の拡張……」
*
「だが……」 「これは……」
*
「理論値を、超えている……」
*
魔王軍の魔族が、
怯えながらも、
目を離せずにいた。
*
「……あれ……」 「まだ……」
*
「……強くなるのか……?」
*
その問いに、
答えたのは――
竹助本人だった。
*
「……ああ」
*
低く、
穏やかに。
*
「……まだだ」
*
世界が、
一瞬、
静止する。
*
竹助は、
自分の胸に、
拳を当てる。
*
ドン。
*
一度。
*
ドン。
*
二度。
*
それだけで。
*
空気が、
弾けた。
*
バンッ!!
*
衝撃波が、
円状に広がる。
*
魔王軍も、
冒険者も、
トロールも、
元盗賊も――
*
全員、
一歩、
踏ん張る。
*
(……筋肉だけで……?)
*
魔王オーマは、
歯を食いしばる。
*
(……魔法なし……) (……闘気なし……)
*
(……それで、この圧……)
*
竹助の、
皮膚の下。
*
血管が、
浮かび上がる。
*
だが、
それは醜くない。
*
整っている。
*
まるで、
「ここに来ることを、
最初から知っていた」
かのように。
*
「……知らないのか?」
*
竹助は、
魔王を見た。
*
見下ろしてはいない。
*
並ぶ目線だ。
*
「筋肉に不可能はない」
*
合いの手が、
反射的に、
叫ぶ。
*
「うおおおおお!!」
*
「来たーー!!」
*
「言ったーー!!」
*
だが、
竹助は、
止まらない。
*
「……そして――」
*
深く、
息を吸う。
*
世界中の、
筋肉が――
同時に、息を止める。
*
ドクン。
*
心臓が、
一段、強く打つ。
*
「――筋肉は裏切らない」
*
瞬間。
*
――爆発ではない。
*
――解放だ。
*
ドォォォォン――!!
*
音ではない。
*
現象だ。
*
竹助の全身が、
一回り、明確に、変わる。
*
巨大化ではない。
肥大でもない。
*
――完成する。
*
魔王オーマの、
超筋肉が、
悲鳴を上げる。
*
(……違う……)
*
(……これは……)
*
(……“力”じゃない……)
*
(……“到達”だ……)
*
周囲の者たちは、
言葉を失う。
*
ただ一人、
元盗賊が、
呆然と呟く。
*
「……あ……」
*
「……俺……」 「……今……」
*
「……何キロでも……」 「……持てる気がする……」
*
実際、
彼はその場で、
馬車を持ち上げた。
*
理由は、
誰にも分からない。
*
だが、
一つだけ、
確かなことがある。
*
――筋肉は、伝播する。
*
魔王オーマは、
拳を、
握り直した。
*
震えはない。
*
恐怖もない。
*
だが――
理解は、あった。
*
「……なるほど……」
*
「……私が……」 「……挑む相手は……」
*
「……世界、か」
*
竹助は、
静かに、
立ち上がる。
*
床が、
沈む。
*
だが、
壊れない。
*
世界が――
耐えている。
*
次の瞬間。
*
竹助は、
拳を、
構えた。
*
魔王も、
応じる。
*
二人の筋肉が、
真正面から、
向き合う。
*
ここから先は――
*
技ではない。
*
思想でもない。
*
――筋肉と筋肉の、
最終問答だ。




