24筋 筋肉の鼓動
合いの手、ひとつになる**
最初は、
バラバラだった。
声も、
リズムも、
意図も。
*
「あと1回だー!!」
*
「呼吸!!呼吸!!」
*
「肩、上がってるぞー!!」
*
誰もが好き勝手に叫び、
好き勝手に動き、
好き勝手に筋肉を信じていた。
*
だが――
次第に、
“ズレ”が消えていく。
*
不思議なことだった。
*
誰が合図を出したわけでもない。
誰が指揮を執ったわけでもない。
*
それなのに。
*
――間が、揃い始めた。
*
「……せーの」
*
誰かが、
そう言った。
*
だが、
それが誰だったのか、
誰も覚えていない。
*
「……ワン」
*
「……ツー」
*
「……スリー」
*
声が、
重なる。
*
音が、
重なる。
*
心拍が、
重なる。
*
冒険者の呼吸と、
神官の祈りと、
トロールの咆哮と、
元盗賊の掛け声が――
*
同じリズムで、震え始めた。
*
ドン。
*
ドン。
*
ドン。
*
それは、
足踏みでもなく、
太鼓でもない。
*
――筋肉の鼓動だった。
*
魔王オーマは、
その中心を見つめていた。
*
(……違う)
*
(これは、
士気でも、
信仰でもない)
*
(……もっと原始的で……)
*
(……もっと、合理的だ)
*
オーマの視界が、
歪む。
*
空気が、
粘度を持ち始める。
*
魔力でもない。
闘気でもない。
*
筋肉の圧だ。
*
「……ありえない……」
参謀ボウサンが、
震える声で呟く。
*
「個体が……」 「集団になって……」
*
「いや……」 「集団が……」
*
「ひとつの筋肉になっている……?」
*
その時。
*
誰もが、思った。
*
(……もう……) (余計なこと、言わなくていいな)
*
次の瞬間。
*
合いの手は――
一言になる。
*
「――張れ」
*
それだけ。
*
説明はない。
理屈もない。
*
だが、
全員が理解した。
*
「――張れ」
*
胸を。
背を。
脚を。
魂を。
*
「――張れ」
*
声が、
一つの線になる。
*
「――張れ」
*
世界が、
引き絞られる。
*
遠くの海で、
波が止まる。
*
山の獣が、
動きを止める。
*
風が、
息を潜める。
*
そして――
*
竹助の筋肉が、
静かに、応えた。
*
ギチ……。
*
音は、
小さい。
*
だが、
確かだった。
*
皮膚の下で、
何かが――
組み替わる音。
*
「……あ」
誰かが、
息を呑む。
*
「……筋肉の……」 「向きが……」
*
竹助は、
まだ立たない。
*
だが、
その背中は――
さっきより、広い。
*
魔王オーマは、
無意識に、
一歩下がっていた。
*
(……私が……)
*
(……後退した?)
*
信じられなかった。
*
超筋肉を得た自分が。
世界最強と呼ばれた自分が。
*
まだ、
攻撃は来ていない。
*
まだ、
技も出ていない。
*
それなのに。
*
――負ける準備を、
世界が始めている。
*
合いの手は、
もう叫ばない。
*
囁きでもない。
*
存在そのものになっていた。
*
「――張れ」
*
それは、
命令ではない。
*
祈りでもない。
*
事実だった。
*
竹助の、
指が――
動く。
*
床に、
しっかりと、
触れる。
*
筋肉が、
大地を、
掴む。
*
そして。
*
竹助は、
ゆっくりと、
顔を上げた。
*
その目は――
穏やかだった。
*
怒りはない。
焦りもない。
*
あるのは――
理解。
*
「……なるほど」
*
初めて、
はっきりとした声。
*
「……そういうことか」
*
魔王オーマの、
背筋を、
冷たいものが走る。
*
(……気づいた……)
*
(……筋肉の……)
*
(……“使い方”に……)
*
合いの手は、
もう必要ない。
*
全員が、
確信していた。
*
――次は。
*
竹助が、
“答える番”だ。
*
だが、
まだ。
*
まだ、
言葉は出ない。
*
それは――
次回のために、
取っておく。




