23筋 筋肉の向こう側
最初は、
ほんの一言だった。
「……筋肉、切れてない?」
それが、
すべての始まりだった。
*
戦場は、
静止していた。
魔王オーマは動かない。
冒険者も、神官も、トロールも、元盗賊も。
誰一人、次の一歩を踏み出せずにいた。
*
倒れているのは、
筋肉勇者――竹助内人。
立っているのは、
超筋肉を得た魔王。
*
勝敗は、
決したように見えた。
*
――だが。
*
「……胸、縮んでない?」
*
誰かが、
言った。
*
「呼吸、浅いぞー!」
*
「血、回せー!!」
*
「もっと、張れるだろー!!」
*
ざわ。
*
ざわざわ。
*
ざわざわざわ。
*
声は、
一方向ではなかった。
*
後方から。
側面から。
空から(なぜか)。
*
神官が、
杖を握りながら叫ぶ。
*
「筋肉は!」 「信仰だーー!!」
*
「大腿四頭筋を!」 「信じろーー!!」
*
トロールが、
意味も分からず、
だが魂で叫ぶ。
*
「グォォォォ!!」 (訳:まだいける!!)
*
元盗賊たちは、
完全にノっていた。
*
「はい、ラスト3回!!」
*
「止めるなー!!」
*
「反動使うなー!!」
*
「ネガティブを感じろー!!」
*
冒険者たちも、
気づけば叫んでいる。
*
「筋肉は裏切らなーい!!」
*
「関節、守れー!!」
*
「フォーム、意識ー!!」
*
――ドン。
*
誰かが、
その場で
腕立て伏せを始めた。
*
――ドン、ドン。
*
次々と。
*
腹筋。
スクワット。
ランジ。
カーフレイズ。
*
「な、何を……」
魔王軍の魔族が、
呆然と呟く。
*
だが、
その隣の魔族が、
静かに言った。
*
「……分からない」 「でも……」
*
「今、やらないと」 「筋肉に怒られる気がする」
*
――ドン。
*
魔王軍の兵士が、
腕立て伏せを始める。
*
魔法陣が、
床に浮かぶ。
*
だが、
唱えられているのは――
*
「……ワン……」 「……ツー……」
*
詠唱ではない。
*
回数だ。
*
空気が、
揺れる。
*
大地が、
鼓動する。
*
筋肉のリズムが、
戦場を支配し始める。
*
その中心で。
*
竹助の、
胸が――
大きく、膨らんだ。
*
「……」
*
誰かが、
息を呑む。
*
「……来るぞ」
*
合いの手が、
ひとつに、
まとまり始める。
*
「せーの!!」
*
「筋肉――!!」
*
「信じろ――!!」
*
世界が、
それに呼応する。
*
遠くの村で、
農夫が鍬を止める。
*
「……なんだ?」 「急に……」
*
農夫は、
鍬を置き、
腕立て伏せを始めた。
*
王都で、
貴族が、
会議を中断する。
*
「……理由は分からん」 「だが……」
*
「今は、スクワットだ」
*
学者が、
ペンを落とす。
*
「理論が……」 「筋肉に……」
*
「追いつかない……!」
*
そして、
戦場。
*
竹助の、
目が――
ゆっくりと、開く。
*
合いの手が、
爆発する。
*
「きたああああ!!」
*
「筋肉、起きたーー!!」
*
「まだ、足りるぞーー!!」
*
竹助は、
まだ立たない。
*
だが、
笑った。
*
小さく、
だが確かに。
*
「……」
*
「……みんな……」
*
声は、
かすれている。
*
だが、
届いた。
*
魔王オーマは、
その光景を、
黙って見ていた。
*
(……これは……)
*
(戦い、ではない)
*
(……儀式だ)
*
(……筋肉の……)
*
祭りだ。
*
そして。
*
竹助は、
ゆっくりと、
膝を立てる。
*
まだ、
覚醒はしない。
*
だが。
*
誰もが、
理解していた。
*
――次に来るのは、
“限界”ではない。
*
――“超越”だ。
*
合いの手は、
止まらない。
*
筋肉は、
もう一段階――
先へ行こうとしていた。




