22筋 筋肉に失礼だろ
ざわめき――合いの手という名の反撃**
竹助は、
倒れていた。
大地に、
仰向けに。
拳は、
まだ――
握られている。
*
沈黙。
*
誰も、
声を出せない。
*
魔王オーマは、
数歩距離を取り、
その姿を見つめていた。
*
(……終わらせられなかった)
(倒したはずなのに)
*
勝者のはずの魔王の胸に、
奇妙な感覚が残る。
*
――空虚。
*
その時。
*
「……あー」
*
間の抜けた声が、
戦場に落ちた。
*
全員が、
そちらを見る。
*
元盗賊の一人だった。
筋トレに目覚め、
今は腹筋の割れを誇りにしている男。
*
彼は、
頭をかきながら、
言った。
*
「……竹助さんさ」 「今日、追い込み甘くなかった?」
*
「……え?」
神官が、
思わず声を漏らす。
*
冒険者の一人が、
慌てて言う。
「お、おい……」 「今はそういう場面じゃ……」
*
だが。
*
元盗賊は、
真顔だった。
*
「いや」 「これは言っとかないと」
*
「筋肉に」 「失礼だから」
*
――ざわ。
*
別の元盗賊が、
続く。
*
「確かに」 「いつもより張りが足りない」
*
「今日は大胸筋の日じゃなかったのか?」
*
「下半身、置いてきた?」
*
ざわざわざわ。
*
冒険者たちが、
困惑する。
*
「……何を……」
*
だが、
次の瞬間。
*
ベテラン冒険者が、
ぽつりと、
言った。
*
「……筋肉」 「逃げてないか?」
*
その一言で。
*
空気が――
変わった。
*
神官が、
震えながらも、
口を開く。
*
「……た、確かに……」 「筋の輝きが……」
*
「……切れていない……?」
*
誰かが、
言う。
*
「パンプ感……」 「足りなくないか?」
*
「血流……」 「もっと回せるだろ……?」
*
「呼吸が浅いぞー!」
*
合いの手は、
徐々に、
増えていく。
*
だが。
*
それは、
嘲笑ではなかった。
*
応援だった。
*
魔王は、
その光景を見て、
眉をひそめる。
*
(……何を、している?)
*
(戦場だぞ……?)
*
だが。
*
魔王は、
理解してしまう。
*
(……違う)
(これは……)
*
(……筋肉の言葉だ)
*
竹助の胸が、
わずかに、
上下する。
*
「……」
*
冒険者の一人が、
叫ぶ。
*
「ほら!」 「腹圧、抜けてるぞー!!」
*
「胸、張れー!」
*
「肩甲骨、寄せろー!」
*
「笑顔忘れるなー!!」
*
もはや、
戦場ではない。
*
筋トレ現場だ。
*
魔王軍の兵士が、
戸惑いながら、
呟く。
*
「……なんだ……?」 「この……」
*
「……懐かしい……?」
*
別の魔族が、
無意識に、
腕立て伏せを始める。
*
「……あれ」 「身体が勝手に……」
*
――ドン。
*
また一人、
スクワットを始めた。
*
「……脚が……」 「熱い……」
*
波及する。
*
筋肉活動が。
*
魔王は、
気づく。
*
(……世界が……)
*
(……竹助を……) (……支えている……)
*
その時。
*
竹助の、
指が――
ぴくりと、動いた。
*
合いの手が、
一瞬、
止まる。
*
そして。
*
誰かが、
小さく、
だが確かな声で言った。
*
「……ほら」 「筋肉、聞いてるぞ」
*
竹助の、
口元が――
わずかに、上がる。
*
まだ、
立たない。
*
まだ、
覚醒しない。
*
だが。
*
世界は、
確実に――
同じリズムで呼吸を始めていた。
*
筋肉は、
孤独ではない。
*
それを、
誰もが――
理解し始めていた。




