20筋 魔王の筋肉、理論を超える
魔王オーマは、
深く――息を吸った。
それは詠唱ではない。
魔力の収束でもない。
筋肉に、空気を送り込む呼吸。
*
周囲の魔族たちが、
異変に気付く。
「……魔力反応が」 「消えていく……?」
参謀ボウサンが、
目を見開く。
「いや……違う」 「消えているのではない」
「――吸われている」
*
魔王の体表から、
淡い光が立ち上る。
魔法の輝きだ。
だが、
術式は展開されていない。
*
「……まさか」
ボウサンの喉が、鳴る。
「魔法を」 「筋肉に……」
*
魔王は、
ゆっくりと腕を上げる。
その腕に、
魔法陣はない。
代わりに――
筋肉の隆起が、
異常なまでに強調されていく。
*
「魔法とは」
魔王が、語る。
「本来、外に放つものだ」
*
「だが」 「内に留め」 「鍛え」 「圧縮すれば……」
*
魔王の筋肉が、
鳴った。
ミシ、ではない。
ゴゴ……
と、低く。
*
「――こうなる」
*
瞬間。
魔王の姿が、
ブレた。
*
「……消えた!?」
冒険者が叫ぶ。
*
違う。
跳んだ。
*
魔王は、
一瞬で――
竹助の眼前にいる。
*
「速っ……!」
神官が、思わず声を上げる。
*
魔王の拳が、
振るわれる。
だがそれは――
ただの拳ではない。
*
拳の軌道に、
魔力の残光が走る。
魔法強化。
だが、
外付けではない。
筋繊維一本一本に、魔法が絡みついている。
*
――ドォン!!
*
直撃。
竹助の体が、
後方へ――
吹き飛んだ。
*
「竹助ッ!!」
神官が叫ぶ。
*
竹助は、
地面を抉りながら、
数十メートル後退する。
*
……だが。
*
「……」
ゆっくりと、
立ち上がる。
*
腹部に、
赤く、
拳の跡。
*
「……これは」
竹助が、
呟く。
*
「筋肉に」 「魔法を……?」
*
魔王は、
肩で息をしながら、
笑う。
「そうだ」
*
「私は」 「世界最強の魔法使いだ」
*
「ならば」 「その全てを」 「筋肉に、捧げてみた」
*
観戦していた者たちが、
言葉を失う。
*
「……そんな」 「理論、聞いたことが……」
ボウサンが、
震える。
「理論に」 「“捧げる”という概念は……」
*
「理論は」 「越えるためにある」
魔王は、
淡々と言う。
*
再び、踏み込む。
*
今度は、
地面が爆ぜた。
魔法ではない。
魔王の脚力に、
魔法が同調しただけだ。
*
魔王の拳。
竹助のガード。
*
――ガァンッ!!
*
衝撃。
竹助の腕が、
痺れる。
*
(……重い)
(さっきより……)
*
魔王は、
連打に入る。
一撃一撃が、
魔法級。
*
「はああっ!!」
*
ドン! ドン! ドン!
拳が、
風を裂き、
空気を潰す。
*
竹助は、
後退しながら、
受け続ける。
*
冒険者が、
叫ぶ。
「押されてる……!」
*
魔族が歓喜する。
「魔王様が……」 「勇者を……!」
*
魔王は、
感じていた。
(……届いている)
(だが……)
(まだ、足りない)
*
「……竹助内人」
魔王は、
拳を振るいながら、
言う。
*
「私は」 「お前を、越えたい」
*
「そのためなら」 「魔法の王であることも――」
*
ズン
魔王の筋肉が、
さらに――
膨張する。
*
魔力の光が、
筋肉の奥へ、
完全に沈み込む。
*
「……!?」
ボウサンが、
叫ぶ。
「魔力反応が……」 「消失……!?」
*
違う。
融合だ。
*
「お前が聖筋肉なら
――私は超筋肉だ」
魔王が、
静かに呟く。
*
その瞬間。
魔王の存在感が、
変わった。
*
圧倒的。
だが、
暴力的ではない。
*
純粋な“重さ”。
*
魔王が、
一歩踏み出す。
*
――ドン
*
それだけで、
周囲の者たちの衣が、
はためいた。
*
竹助は、
息を吐く。
*
「……来たな」
*
魔王は、
拳を構える。
*
「これが」 「今の私の、全力だ」
*
竹助は、
拳を握り直す。
*
「……面白い」
*
そして、
静かに言う。
*
「だが」
*
「俺の筋肉は」 「まだ」 「喜んでいる」
*
次の瞬間。
二人が、
同時に、踏み込んだ。
*
――世界は、
次の衝突に、
耐えられる準備をしていなかった。




