19筋 筋肉、最初の衝突
踏み込み。
それは、ほぼ同時だった。
*
次の瞬間。
――ドォンッ!!
音が、遅れて届いた。
空気が圧縮され、
衝撃波となって、
平原を舐めるように広がる。
*
観戦していた冒険者たちは、
全員、膝をついた。
「ぐっ……!」
「な、何が……!」
神官が、必死に結界を張る。
だが、
魔法陣は――
ミシッ
悲鳴を上げた。
「耐えられない……!」 「筋肉の衝突です!!」
*
二人の拳が、
真正面から――
ぶつかった。
*
拳と拳。
それだけ。
なのに。
*
バキィィィン!!
衝突点から、
白い光が走る。
魔力ではない。
聖力でもない。
筋繊維の共鳴だ。
*
魔王の拳は、
重い。
世界を滅ぼせる魔力を、
全て内側に溜め込んだような、
圧倒的な質量。
*
だが。
(……止まらない)
魔王の瞳が、
わずかに揺れる。
*
竹助の拳は、
軽い。
無駄がない。
だが――
抜けない。
*
「……っ!」
魔王が、歯を食いしばる。
拳の奥で、
筋肉が――
歓喜している。
(……そうか)
(これが……)
(“語り合い”か)
*
二人は、
同時に、
後退する。
*
一歩。
二歩。
それぞれ、
地面に深い足跡を残す。
*
竹助が、
肩を回す。
「……いいな」 「よく、締まってる」
魔王の眉が、
ぴくりと動く。
*
「……評価か?」
「事実だ」
竹助は、
即答した。
*
魔王は、
低く笑う。
「光栄だな」 「筋肉の勇者に、そう言われるとは」
*
次の瞬間。
魔王が、
消えた。
*
いや――
踏み込んだだけだ。
だが、速すぎた。
*
「来る!」
元盗賊の1人が、
本能的に叫ぶ。
*
魔王の拳が、
竹助の側頭部を狙う。
魔法強化なし。
ただの――
筋肉の一撃。
*
竹助は、
腰を落とす。
クラウチング。
そのまま、
体を捻る。
*
ゴッ!!
拳が、
頬をかすめる。
その風圧だけで、
後方の地面が、
抉れた。
*
冒険者が、
震え声で叫ぶ。
「当たってないのに……!」
*
竹助は、
そのまま、
肘を叩き込む。
*
――ドンッ!!
肘打ち。
短距離。
だが、
密度が異常。
*
魔王は、
腕で受ける。
ミシィッ
骨ではない。
筋肉が、鳴いた。
*
「……ぐっ!」
魔王が、
数歩、下がる。
*
観戦していた魔族が、
息を呑む。
「受けたのに……」 「魔王様が……」
*
魔王は、
腕を振る。
違和感を、
振り払うように。
*
「……なるほど」
魔王は、
呟く。
「“鍛え方”が……」 「違うな」
*
竹助は、
笑わない。
ただ、
真剣だ。
*
「魔法を、使わないのか?」
竹助が、聞く。
魔王は、
首を横に振る。
「まずは」 「筋肉で、話そう」
*
その返答に、
竹助の目が――
輝いた。
*
「そうこなくちゃな」
*
竹助が、
一歩踏み出す。
――いや。
反復横跳びだ。
*
左右。
左右。
速度が、
異常に上がる。
*
「……分身!?」
冒険者が叫ぶ。
*
違う。
目が、
追いついていないだけだ。
*
魔王は、
視線を動かさない。
感覚で――
捉える。
*
「……来た」
魔王が、
背後に拳を振るう。
*
ドンッ!!
空振り。
だが、
拳圧が――
竹助の残像を、
吹き飛ばす。
*
竹助は、
真横。
「惜しい」
*
次の瞬間。
腹に、拳。
*
――ゴォンッ!!
鈍い音。
魔王の体が、
大きく揺れる。
*
「魔王様ッ!!」
魔族が叫ぶ。
*
魔王は、
歯を食いしばりながら、
笑った。
「……いい」 「実に、いい」
*
そのまま。
魔王は、
竹助の腹に、拳を叩き返す。
*
――ズドンッ!!
*
竹助の体が、
後方へ――
*
「――止まった?」
誰かが、呟く。
*
竹助は、
腹筋に力を入れたまま、
微動だにしない。
*
「……効いた」
竹助は、
正直に言った。
「だが」 「足りない」
*
魔王の目が、
見開かれる。
*
「……ならば」
魔王は、
両拳を、
地面に叩きつける。
*
ドォォン!!
*
大地が、
隆起する。
魔法ではない。
筋肉で、叩いただけだ。
*
「次は」
魔王が、
ゆっくりと立ち上がる。
*
「少し」 「出力を、上げよう」
*
竹助は、
拳を握り直す。
*
「歓迎する」
*
二人の間で。
空気が――
悲鳴を上げた。
*
戦いは、
まだ――
始まったばかりだった。




