18筋 世界最強の筋肉、並び立つ
その日。
空が、重かった。
雲が低いわけではない。
雷が鳴っているわけでもない。
ただ――
張り詰めていた。
*
決戦の地は、
王国と魔王領の境界に広がる、
何もない平原。
かつては戦争のために整地されたが、
今はただの空白。
――世界が、答えを待つ場所。
*
集まった者たちは、
皆、言葉を失っていた。
冒険者。
神官。
元盗賊。
トロール軍団。
魔王軍。
敵も味方もなく、
ただ立会人として。
*
その中央に。
二つの存在が、
ゆっくりと歩み寄る。
*
一人は――
竹助内人。
普段と何も変わらない。
軽く肩を回し、
首を鳴らし、
足踏み。
「……今日は」 「湿度、高いな」
神官が、震えながら呟く。
「そんな話をする場面では……」
*
もう一人は――
魔王オーマ。
マントも、
王冠も、
装飾魔具もない。
あるのは――
鍛え抜かれた肉体。
魔力の波動すら、
意図的に抑え込んでいる。
*
二人が、
止まる。
距離、十歩。
*
その瞬間。
――ズン
大地が、沈んだ。
誰かが、息を呑む。
*
(……並んだ)
冒険者の一人が、思う。
(体格が……)
竹助は、人間としては大柄。
だが、魔王と比べれば、
ほんのわずかに小さい。
――にもかかわらず。
*
(……同じ“重さ”だ)
誰もが、
同じ感覚を抱いた。
*
魔王が、口を開く。
「……筋肉の勇者」
声は、低く、静か。
*
竹助は、首を傾げる。
「ん?」 「通りすがりの筋肉だが?」
場が、
わずかにざわつく。
*
魔王は、
その反応に――
小さく、笑った。
「……聞いている」 「お前は、そう名乗るのだったな」
*
「筋トレは?」 「今日も、してきたか?」
唐突な問い。
神官が、めまいを起こす。
「魔王様……!」
*
竹助は、真顔で答える。
「当然だ」 「起きてから」 「三種目はやってきた」
魔王の目が、
わずかに見開かれる。
*
「……ほう」
(この状況で) (それを“当然”と言うか)
*
魔王は、
一歩、前に出る。
竹助も、
一歩、踏み出す。
*
ドン
足音だけで、
空気が震える。
*
参謀ボウサンが、
喉を鳴らす。
(数値化できない……)
(理論に落とせない……)
*
魔王は、
竹助を、まっすぐに見る。
「私は」 「お前と、争いたくはない」
ざわっ、と空気が揺れる。
*
竹助は、
少しだけ、目を細める。
「……奇遇だな」 「俺もだ」
*
一瞬。
緊張が、
緩む――
*
次の瞬間。
魔王の背後で、
魔族の一人が、叫ぶ。
「魔王様ッ!!」
*
その声に、
魔王の表情が、変わる。
ほんの一瞬。
だが――
決意に切り替わった。
*
「……だが」
魔王は、
拳を握る。
筋肉が、
きしむ。
「私は」 「魔王だ」
*
「お前と戦うことが」 「我が軍の不安を、払うのなら」
*
「――全力で、行こう」
*
竹助は、
大きく息を吸う。
*
「いいだろう」
*
そして。
にい、と笑う。
「俺の筋肉も」 「ずっと」 「お前と話したがっていた」
*
その瞬間。
――ドンッ!!
二人の筋肉が、
同時に膨張する。
魔法ではない。
変身でもない。
力を、解放しただけだ。
*
地面が、
ひび割れる。
観戦していた冒険者の一人が、
思わず叫ぶ。
「……誰か」 「防御魔法を……!」
神官が、叫び返す。
「無理です!」 「これは……」 「筋肉です!!」
*
二人は、
構える。
型も、
流派もない。
ただ、
殴るための構え。
*
魔王が、言う。
「筋肉の勇者よ」
*
「この一戦で」 「世界最強を、決めよう」
*
竹助は、
拳を合わせる。
パンッ
乾いた音。
*
「知らないのか?」
*
竹助は、
真っ直ぐ、魔王を見る。
*
「筋肉に――」 「順位はない」
*
次の瞬間。
二人が、
同時に――
踏み込んだ。
*
――世界が、
初めて、衝撃に備えた。




