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17筋 決戦前夜(魔王の独白)

夜。

魔王城に、夜が訪れることは稀だ。

常に魔力が満ち、空は赤く染まり、時間という概念すら曖昧になる。

だが今夜だけは違った。

魔王オーマは、

自ら結界の光度を落とし、

城を夜にした。

静寂。

聞こえるのは、

自分の呼吸音だけ。

吸う。

吐く。

……深い。

筋トレを始めてから、

呼吸が変わった。

魔力循環よりも、

ずっと原始的で、

ずっと正直なリズム。

「……」

魔王は、玉座の前に立つ。

かつて、

この玉座に座るだけで、

世界が震えた。

魔法で、

恐怖で、

圧倒的な力で。

それが、王だと思っていた。

(……違ったのかもしれない)

自嘲気味に、鼻で息を吐く。

あの男――

竹助内人。

水晶越しに見た筋肉。

無言。

無表情。

無詠唱。

だが。

(あれは……)

魔王は、

自分の胸に手を当てる。

鼓動が、

しっかりと、

強く、

規則正しく打っている。

(あれは、恐怖ではない)

(敗北感でもない)

(……憧れだ)

認めたくなかった。

魔王として、

世界最強として。

だが、

筋肉は、嘘をつかない。

自分の筋肉は、

水晶を見た瞬間――

喜んでいた。

(……ふざけている)

魔王は、思う。

世界を滅ぼせる魔力を持つ自分が、

たった一人の筋肉に、

心を動かされるなど。

だが。

拳を、

ゆっくりと握る。

関節が鳴る。

ミシ……

それは、

疲労ではない。

準備が整った音だ。

「……昔の私は」

ぽつりと、声が漏れる。

「魔法があれば、十分だと思っていた」

魔法理論。

術式構築。

詠唱最適化。

努力すれば、

誰よりも強くなれる。

それが、

自分の信じた道。

だが。

(あの男は……)

(努力の“方向”が、違う)

筋肉は、

逃げない。

嘘をつかない。

鍛えた分だけ、

確実に応える。

魔力のように、

才能で差がつくわけでもない。

(……いや)

(違うな)

魔王は、微かに笑う。

(あれは、才能だ)

(だが……)

(筋肉に、全てを捧げた才能だ)

魔王は、

城のバルコニーに出る。

夜空。

かつて見下ろすものだった世界。

今は――

同じ高さで見ている。

「……竹助内人」

名前を、口に出す。

不思議と、

胸が熱くなる。

「私は」

「お前と、戦いたくない」

本音だった。

だが。

魔王は、拳を握りしめる。

「それでも」

「私は、戦う」

それは、

世界のためでもない。

支配のためでもない。

「魔王としての、誇りのためだ」

部下たちは、不安に思っている。

理解している。

魔王が、

筋肉のために戦うなど、

狂気だと。

だが。

(彼らの不安も……)

(私の責任だ)

「……ならば」

魔王は、

静かに息を吸い込む。

「私は、全てを賭けよう」

魔法。

理論。

積み上げてきた世界最強の力。

「それらを」 「全て――」

魔王は、

自分の身体に、意識を向ける。

筋肉が、

微かに――

震えた。

「筋肉に、捧げる」

その瞬間。

夜の空気が、

ピンと張り詰める。

魔力ではない。

覇気でもない。

鍛錬の気配だ。

(もし)

(それでも、届かなかったなら)

魔王は、

夜空を見上げる。

(その時は……)

(私は、負けを認めよう)

それは、

敗北宣言ではない。

逃げでもない。

「全力で、ぶつかった上で」

「認める」

魔王オーマは、

深く、深く息を吐く。

明日。

世界最強の筋肉が、

問い直される。

夜は、静かだった。

だが――

世界のどこかで

誰かが、

理由もなく――

腕立て伏せを始めていた。

それが、

この戦いの前兆だとは、

まだ誰も知らない。

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