16筋 筋肉の答え合わせをしよう
魔王城の空気は、重かった。
魔力の濃度が高いからではない。
結界が不安定だからでもない。
――筋肉だ。
城全体に、異様な筋緊張が走っていた。
*
「……おかしい」
魔王軍幹部ブガンは、腕を組んだまま唸った。
「最近、魔王様……」 「魔法を使わなくなってないか?」
その言葉に、周囲の魔族たちがざわめく。
「確かに……」 「詠唱、聞いてない」 「昨日なんて、瞑想じゃなくて……」
「――スクワットだ」
誰かが、ぽつりと言った。
沈黙。
*
魔王オーマは、
玉座の間に姿を見せなくなっていた。
代わりに目撃されるのは――
・城の地下でのデッドリフト
・魔力遮断空間でのアイソメトリック
・重力魔法を自分にかけてのランジ
どれも、地味で、
苦しく、
意味が分からない行為だった。
*
「俺たちは、魔王軍だぞ?」
魔族の一人が、声を荒げる。
「魔法で世界を支配してきた!」 「筋肉なんて……」 「勇者の余興だろう!」
その瞬間。
彼の背後で、
若い魔族が小さく震えた。
「……でも」 「水晶、見ましたよね?」
場が、静まる。
*
水晶。
あの――
何もしていない男。
「……あれを見て」 「何も感じなかったやつ、いるか?」
誰も、答えない。
*
「……俺は、怖かった」
別の魔族が、震える声で言う。
「攻撃されてないのに」 「威圧もされてないのに」 「なのに……」
「……逃げたくなった」
*
魔王軍は、強い。
それは事実だ。
だが彼らは、
理屈で強さを理解してきた。
魔力量。
詠唱速度。
術式構築能力。
努力すれば、
積み上げれば、
必ず届く――
そう信じられる「強さ」。
しかし。
水晶の中の筋肉は、
その全てを――
無言で否定した。
*
「……だからって」
ブガンが、歯を食いしばる。
「魔王様が」 「勇者に、頭を下げる必要は……」
「下げてない」
低い声が、響いた。
*
玉座の間の扉が、
ゆっくりと開く。
そこに立っていたのは――
魔王オーマ。
だが、いつもと違う。
マントは外され、
装飾魔具もない。
あるのは――
張り詰めた肉体だけ。
*
魔族たちは、言葉を失った。
筋肉が――
違う。
以前より太いわけではない。
だが、密度が異常だった。
まるで、
筋肉一つ一つが
意志を持っているかのよう。
*
「……魔王様」
ブガンが、膝をつく。
「我々は……」 「不安なのです」
「分かっている」
魔王は、即答した。
*
「私は」 「敗北を感じた」
ざわっ、と空気が揺れる。
「水晶越しに」 「何もしていない男に」 「筋肉で、負けた」
魔族たちの顔が、歪む。
屈辱。
混乱。
恐怖。
*
「だから、鍛えている」
魔王は、静かに言う。
「逃げるためではない」 「屈するためでもない」
「――届くためだ」
*
「ですが!」
若い魔族が、声を張り上げる。
「魔王様が、鍛えても……」 「それでも、敵わなかったら……!」
魔王は、彼を見る。
その視線は、冷たい。
だが――
逃げていない。
*
「ならば」 「私は、戦う」
その一言で、
場の空気が変わった。
*
「魔王様……!」
「しかし」
魔王は、続ける。
「それは」 「私の意思ではない」
魔族たちが、息を呑む。
*
「私は」 「筋肉の真理を知りたいだけだ」
「だが」 「お前たちが」 「それを許さないなら――」
*
魔王は、玉座に手を置く。
その瞬間。
ズン
城全体が、揺れた。
魔法ではない。
覇気でもない。
筋肉の圧だ。
*
「私は」 「魔王として」 「お前たちの不安に、応えよう」
*
その言葉は、
宣言でも、命令でもない。
覚悟だった。
*
魔族たちは、悟る。
――逃げ場はない。
魔王は、
自分たちのために。
自分の誇りを、
犠牲にしようとしている。
*
「……分かりました」
ブガンが、頭を下げる。
「魔王様が」 「戦うなら……」
「我々も、見届けます」
*
魔王は、目を閉じる。
(……すまないな)
(私の探求に) (付き合わせることになる)
*
だが、その胸の奥で。
筋肉が――
静かに、震えていた。
水晶の向こうの存在を、
思い出すように。
*
こうして。
魔王オーマは、
自ら望まずして――
竹助内人との対決へと、押し出された。
それは、
戦争ではない。
征服でもない。
――筋肉の答え合わせだった。




