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14筋 筋肉理論の限界

魔王城・最深部。

そこはもはや「訓練場」という言葉では足りなかった。

筋肉現象発生区域。

そう記した札が、入口に無言で立っている。

魔王オーマは、床に立っていた。

ただ立っているだけで、

足元の黒曜石が軋み、沈み、わずかに波打つ。

重力は一定ではない。

空気の密度も安定していない。

それでも、魔王は静かに呼吸を整えていた。

「……始めよう」

低く、短い声。

次の瞬間。

魔王は、スクワットの姿勢に入った。

ただのスクワットではない。

参謀ボウサンが組み上げた、最新式――

《重力魔法多層負荷式・魔王用スクワット》

・重力:通常の十二倍

・下方向だけでなく、斜め・横方向からも同時加圧

・筋繊維の回復を阻害しないギリギリの魔力循環

理論上、

三回で常人は消滅する。

「いーち……」

魔王が腰を落とす。

ドゴン

床が陥没する。

「にー……」

空気が爆ぜる。

「さー……」

魔王の太腿が、

まるで生き物のように――うねった。

周囲に控える魔族たちは、

すでに三割が膝をついていた。

「お、おかしい……」 「見ているだけで……筋肉が……」

一人の魔族が、ふらつきながら叫ぶ。

「ま、魔王様……!」 「こ、これ……何セット目ですか……?」

魔王は、真顔で答える。

「ウォームアップだ」

その瞬間、

二人の魔族が無言で倒れた。

参謀ボウサンは、震える手で記録を取っていた。

「筋繊維反応……異常値」 「疲労物質……検出されず」 「回復速度……説明不能」

紙に書いた数式が、

意味をなさなくなっていく。

(成立している……)

ボウサンは歯を食いしばる。

(理論上は、完全に成立している……!)

だが。

(なのに……)

視線は、自然と水晶へ向かう。

水晶には、

筋肉勇者・竹助内人の姿が映っていた。

彼は――

何もしていなかった。

ただ、

腕を組み、

静かに立っている。

呼吸も、

気配も、

全てが「普通」。

なのに。

ボウサンの背筋を、冷たいものが走る。

(……あれは……)

数値化できない。

理論に落とせない。

(筋肉が……概念になっている……)

その瞬間だった。

魔王オーマの胸が、

わずかに――疼いた。

「……?」

魔王は、スクワットを止めないまま、

自分の身体に意識を向ける。

(今のは……)

筋肉が、反応している。

疲労ではない。

負荷でもない。

比較だ。

自分の筋肉が、

水晶の向こうにいる男を――

(……“上”だと……?)

魔王の口元が、かすかに歪む。

「……馬鹿な」

呟きは、誰にも聞こえなかった。

魔王は、もう一度腰を落とす。

「……四」

床が、完全に割れた。

参謀ボウサンは、ついにペンを落とす。

「……あり得ない……」

理論は、限界に来ていた。

いや――

理論の外に、

竹助内人の筋肉が存在している。

魔王オーマは、立ち上がる。

汗一つ、かいていない。

だが――

その瞳には、確かに宿っていた。

嫉妬。

魔王が、生まれて初めて抱いた感情。

「……」

水晶の中の男は、

こちらを見ていない。

それでも。

魔王の筋肉は、確かに理解していた。

(……あそこまで行かなければならない)

王としてではない。

魔族としてでもない。

筋肉として。

魔王城の奥深くで、

静かに、しかし確実に――

運命の歯車が、筋肉で回り始めていた。

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