番外編 参謀ボウサンの苦悩
魔王軍参謀ボウサンは、数字を信じてきた。
筋繊維の断面積。
負荷重量と回数の最適比。
回復に要する時間。
疲労曲線と超回復。
世界は、計算できる。
少なくとも――筋肉は。
*
「命じる」
魔王オーマは、静かに言った。
「筋肉勇者・竹助内人に対抗し得る」 「筋トレメニューを、作れ」
それは、
魔王軍きっての頭脳に課せられた、最大の使命だった。
*
目標設定:竹助内人
――最初の時点で、異常は起きた。
「……測定不能?」
筋量。
密度。
出力。
どの数値も、
測定器が沈黙する。
壊れているのではない。
測れない。
*
「存在こそが……イレギュラー……?」
ボウサンは、唇を噛んだ。
いや、違う。
理論は必ず、現実を説明できる。
そう信じて、
ボウサンは計算を続けた。
*
一日目。
通常の高負荷メニュー。
二日目。
分割法、部位特化。
三日目。
限界突破を前提とした極限メニュー。
魔族たちは、倒れた。
悲鳴を上げ、床に伏した。
だが――
魔王だけは、立っていた。
*
「……良い」
魔王の筋肉は、確かに応えている。
理論は、正しい。
計算は、合っている。
それなのに。
ボウサンの脳裏に、
あの筋肉がよぎる。
竹助内人。
*
「……違う」
ボウサンは、呟いた。
「同じ式では、ない……」
竹助の筋肉は、
負荷に応じて成長しているのではない。
信じられている。
*
計算式を書き換える。
仮定を増やす。
例外を許容する。
だが、最後に残るのは――
「……意味が、分からない」
机に突っ伏す。
魔王軍随一の天才が、
初めて口にした言葉だった。
*
それでも、
ボウサンは諦めなかった。
諦めることは、
理論の敗北を意味するからだ。
*
そして――
彼は、到達する。
理論的かつ合理的に考え得る、最高の筋トレメニュー。
*
・極限負荷
・完全回復
・精神集中
・無駄の排除
完璧だ。
これ以上は、存在しない。
ボウサンは、理解していた。
――これでも、届かない。
*
だが、それでいい。
魔王の筋肉は、
理論の極致に立った。
そこから先は――
理論の領域ではない。
*
ボウサンは、魔王に報告する。
「これが……」 「私に考え得る、最高です」
魔王は、静かに頷いた。
「十分だ」
*
その夜。
ボウサンは、一人、呟いた。
「……私は、間違っていなかった」
そして、続ける。
「だが――」 「世界には、計算できない筋肉が、存在する」
それを認めた瞬間。
天才は、
初めて――人間になった。




