番外編 神官、筋肉に救われた日
――私は、神官である。
幼い頃から神に仕え、祈り、祝詞を唱え、
神の奇跡を疑ったことは一度もなかった。
だからこそ、最初に彼を見たとき、
私は心の底から思ったのだ。
「筋肉=異端」だと。
*
あの日。
神殿に現れた転生者――竹助内人。
筋肉の塊。
魔力反応なし。
スキル欄は空白。
私は内心、ため息をついた。
(またか……神の恩寵を理解できぬ者が)
それでも、儀式は儀式だ。
私は淡々と、ステータス測定を始めた。
*
結果を見た瞬間、
私は言葉を失った。
職業:聖筋肉
「……そんな、職業……聞いたことが……」
声が震えたのは、驚きではない。
恐怖だった。
理解できないものを、
私は本能的に拒絶した。
*
そして――
神殿は、崩壊した。
正確には、
竹助が動いただけで、耐えられなかった。
神の御前。
神に捧げられた柱。
神を讃える天井。
すべてが、音を立てて崩れていく。
私は床に伏せ、
瓦礫から頭を守りながら、こう思った。
(罰だ……) (これは、神の怒りだ……)
*
だが。
瓦礫が、私に降り注ぐことはなかった。
*
顔を上げると、
竹助が立っていた。
瓦礫を、
大胸筋と背筋で受け止めながら。
「動くな」
落ち着いた声。
「プロテインが足りてないだけだ」
*
……その瞬間だった。
神の名を唱えても、
祈りを捧げても、
奇跡を待っても――
何も起きなかった私が、助かっていた。
*
それから私は、
何度も彼の背中を見た。
山火事を拳圧で止める背中。
畑を反復横飛びで耕す背中。
魔族と、トロールと、
言葉なき対話を交わす背中。
彼は一度も、
神に祈らなかった。
だが――
誰一人、見捨てなかった。
*
私は、祈りながら、迷い始めた。
(神は……) (この人を、どう見ているのだろう)
*
獣王との戦い。
彼が、巨体を抱き締めたあの瞬間。
破壊ではなく、
征服でもなく、
受容。
私は、涙が止まらなかった。
*
そのとき、ようやく理解した。
私は、信仰を守っていたのではない。
理解できないものから、目を背けていただけだ。
*
神は、疑わなかった。
救いを、拒まなかった。
疑っていたのは――
私自身だった。
*
今、私は知っている。
世界が震え、
神の名すら届かぬとき。
私は、叫ぶだろう。
迷いなく。
祈りではなく、確信として。
***
「私は、神ではなく――」
「筋肉を、疑ったのだ!!」
***
それは、
私が初めて選んだ、
信仰の言葉だった。




