番外編 元盗賊たちの、最初のスクワット
最初は――
ひどい有様だった。
*
「なんで俺たちが、こんなことを……」 「逃げた方が早くね?」 「スクワット? 冗談だろ……」
かつて盗賊と恐れられた男たちは、
整列すらできず、バラバラに立っていた。
姿勢は悪い。
腰は落ちない。
回数は誤魔化す。
筋トレなど、
生まれて初めてだった。
*
「もういいだろ、今日は」 「腹減った」 「金にもならねぇ」
一人が抜け、
また一人が腰を下ろす。
小競り合いも起きた。
「サボるな!」 「うるせぇ!」
拳が出そうになる。
――あぁ、いつもの調子だ。
*
そのとき、
一番後ろにいた男が、
小さく言った。
「……いち」
誰も気にしない。
「……に」
声は震えていた。
*
「……さん」
誰かが、ちらりと振り向く。
*
「……よん」
別の男が、無意識に腰を落とした。
*
「……ご」
声が、二つになった。
*
「……ろく」 「……なな」
数を数える声だけが、
なぜか――揃い始めていた。
*
フォームはまだバラバラ。
深さも足りない。
息も合っていない。
それでも。
「……はち」 「……きゅう」
回数だけは、誤魔化さなかった。
*
「……じゅう」
誰かが、笑った。
「……きつ……」
別の誰かが、歯を食いしばる。
*
「……じゅういち」 「……じゅうに」
逃げなかった。
その理由を、
誰も言葉にしなかった。
*
やがて。
全員が、
地面に座り込んだ。
息は荒く、
足は震え、
立ち上がれない。
*
沈黙。
*
一人が、呟いた。
「……なぁ」
誰も、顔を上げない。
「さっきさ……」 「数、ちゃんと数えてたよな」
*
「……あぁ」
「ズル、できなかったな」
*
そのときだった。
誰かが、ぽつりと、言った。
***
「俺たち……」 「もう、盗む必要ないな」
***
誰も、否定しなかった。
*
金を盗んでいた頃は、
一人で逃げるためだった。
だが、
今は違う。
逃げない理由が、ここにあった。
*
その日から。
彼らは、
毎日スクワットをした。
回数を数える声は、
やがて――完全に揃った。
*
そして後に。
戦場で、
筋肉の勇者が倒れかけたとき。
彼らは、迷わず叫ぶ。
「筋肉きれてるぞ!」 「まだ、いける!」 「呼吸、合わせろ!」
あの日、
数を数えた声で。
*
筋肉は、
彼らから盗みを奪い。
代わりに――
居場所を、与えた。




