13筋 2つの筋肉の衝突
魔王城・地下訓練場。
重たい鉄が、床に落ちる音が響く。
参謀ボウサンが組み上げた、
科学的・理論的に最適化された筋トレメニュー。
高負荷。
高回数。
回復時間すら計算された、容赦のない鍛錬。
「む、無理です……!」
「魔王様、これは拷問では……!」
周囲の魔族たちが悲鳴を上げ、床に倒れていく。
だが――
魔王オーマは、黙々と鉄を持ち上げていた。
筋肉が、応えている。
*
……?
魔王は、ふと動きを止めた。
参謀ボウサンが魔王に目を向ける。
「どうかされましたか?」
*
昔の私なら、分からなかったかもしれない。
だが――今の私なら、分かる。
「……どこかで」
胸に手を当てる。
「二つの、巨大な筋肉が……衝突している」
一つは、間違いない。
筋肉勇者・竹助内人。
では、もう一つは――
魔王の筋肉が、疼く。
筋トレのしすぎか?
いや、違う。
……あぁ、そうか。
「お前が、戦っているのか」
かつての好敵手。
野性の王。
獣王ケモーノ。
魔王は、静かに鉄を置いた。
「……生きていたか」
*
――戦場。
大地が、裂ける。
獣王ケモーノと竹助の激突は、
すでに戦いという概念を超えていた。
拳と拳が触れるたび、
衝撃波が森を吹き飛ばす。
技ではない。
型でもない。
筋肉そのものの、ぶつかり合い。
*
周囲では、別の戦いが続いていた。
トロールが、盾となる。
巨体で仲間を守り、獣兵の突進を受け止める。
元盗賊たちが、矛となる。
鍛え上げた体幹で突き進み、獣王軍団を押し返す。
冒険者たちが、支援する。
魔法、回復、補助。
号令はない。
指示もない。
筋肉が、理解している。
筋肉が、人種を超えて、1つにしていた。
――筋肉連携。
*
だが、戦場の中心。
そこでは、
心と筋肉の激戦が続いていた。
*
獣王ケモーノ。
「……筋肉に、勝てれば」
「もう、何もいらぬ」
咆哮と共に、拳を振るう。
「筋肉を――」
「全て、否定する」
その一撃は、
野性の誇り。
敗北の記憶。
魔王への劣等感。
全てを、叩きつける拳だった。
*
竹助は、受け止める。
「……これまで感じた、どの筋肉よりも強い」
拳を交え、
体をぶつけ、
筋肉と筋肉が語り合う。
「俺の筋肉が、歓喜している」
「感謝する」
静かな声で、言う。
「お前のおかげで――」
「俺の筋肉は、より真理に近づける」
*
戦いは、激化する。
だが――
異変は、獣王の体に現れ始めていた。
裂ける筋繊維。
軋む関節。
呼吸は荒く、血が滲む。
だが、それは――
竹助の攻撃によるものではない。
竹助の筋肉に、触れ続けた結果。
完成された鍛錬の筋肉に触れ、
獣王の野性の筋肉が――悲鳴を上げていた。
*
それでも、ケモーノは止まらない。
体は、ボロボロ。
精神は、すり減り。
それでも。
「否定する……」
「否定、するのだ……!」
筋肉を、
世界を、
自分の敗北を。
否定するためだけに、立ち続ける。
*
竹助は、理解していた。
言葉は交わさずとも、
拳に触れずとも。
心の悲鳴が、
筋肉を通して、伝わってくる。
*
獣王ケモーノは、立ち止まった。
大きく、息を吸う。
「……これで、最後だ」
全身の力を、かき集める。
野性。
誇り。
怒り。
後悔。
全てを、
最大奥義として束ねる。
「受けろ……!」
「獣王ケモーノの、全てだ!!」
*
竹助は、一歩、前に出た。
構えない。
避けない。
「……良いだろう」
静かに、だが確かな声。
「お前の、その想い」
「俺の――」
腕を広げる。
「ありったけの筋肉で、応えよう」
*
衝突。
否――
受容。
竹助は、獣王の全てを受け止め、
その巨体を――優しく、抱き締めた。
衝撃は、なかった。
破壊も、なかった。
ただ――
筋肉が、包み込んだ。
*
獣王ケモーノの力が、抜ける。
「……あぁ……」
初めて、
その声は、穏やかだった。
「……否定、せずとも……」
「よかった、のか……」
竹助は、何も言わない。
ただ、抱き締める。
*
野性は、敗れたのではない。
否定されたのでもない。
受け入れられた。
獣王ケモーノの意識が、静かに落ちていく。
その表情は――
戦士ではなく、
一匹の獣として、安らいでいた。
*
遠く離れた魔王城。
魔王オーマは、目を閉じる。
「……終わったな、ケモーノ」
筋肉が、静かに、弔意を示した。
*
戦場に、風が吹く。
筋肉は、争いを生み。
そして――
理解へと、至った。




