10筋 筋肉こそ友情なり
王国北方。
地響きと共に、トロール軍団が進軍していた。
巨体。
分厚い皮膚。
棍棒を担いだ異形の群れ。
城壁の上で、冒険者たちは即座に判断する。
「トロールだ!」
「討伐対象!」
「殺せー!」
魔法が詠唱され、弓が引き絞られる。
だが――
「待て」
低く、確かな声が割って入った。
*
竹助が、前に出る。
神官が息を呑む。
「ゆ、勇者様……トロールですよ……?」
「だからだ」
竹助は、軍勢を見渡す。
「様子が、おかしい」
*
トロールたちは、突撃してこない。
隊列は乱れ、足取りは重い。
何より――
戦う覚悟の筋肉をしていない。
「……逃げている筋肉だ」
竹助は、理解しかけていた。
*
次の瞬間。
竹助は地面を踏みしめ、
両腕を広げた。
ドンッ!!
拳圧でも、衝撃でもない。
ただの――存在感。
空気が張り詰め、
冒険者たちの足が、止まる。
トロール軍団も、足を止めた。
両軍の間に、静寂が落ちた。
*
竹助は、一歩前に出る。
「トロール王」
指を差す。
「出てこい」
*
トロール軍団が、ざわめく。
やがて、ひときわ大きな影が前に出た。
トロール王。
王冠も言葉もない。
あるのは、歴戦の筋肉だけ。
「……グゥ……」
言葉は、ほとんど発せられない。
「問題ない」
竹助は、腕を組む。
「言葉はいらない」
*
二人は、向かい合った。
空気が震える。
次の瞬間――
自然と、腕相撲の体勢に入っていた。
*
ギギギギ……!!
地面が、沈む。
筋肉が、唸る。
トロール王は、全力だった。
誇り。
恐怖。
守るべき仲間。
全てを、腕に込めている。
竹助も、全力だった。
*
数秒後。
ドンッ!!
勝負は、決した。
竹助の手が、ゆっくりと、確実に――
トロール王の腕を、倒した。
沈黙。
*
竹助は、息を整え、言った。
「……理解した」
*
彼は、トロール軍団を見渡す。
「お前たちは、負けて逃げてきた」
「根城を――」
「獣王軍団に、追われたな」
トロール王は、ゆっくりと頷いた。
「……グゥ」
それは、肯定だった。
*
「もう、いがみ合う必要はない」
竹助は、拳を差し出す。
「敵は、別にいる」
トロール王は、一瞬だけ迷い――
その拳を、強く握り返した。
*
握手。
人間と、トロール。
種族を超えた、筋肉の接続。
冒険者たちは、誰一人、武器を振るわなかった。
神官は、震える声で呟く。
「……同盟……ですか……」
「違う」
竹助は言う。
「友情だ」
*
その日、王国史に新たな一文が刻まれた。
――人間とトロールは、
――筋肉によって、同盟を結んだ。
遠くで、獣王軍団の影が蠢く。
だが、恐れはなかった。
筋肉こそ、友情なり。




