7. 蛇足!ただし九股男!
九人目の妻に恋をした。
揺り椅子に腰をかけ、聴いたこともない言語で優しく子守唄を歌っている。
栗色の綺麗な瞳は伏せられている。枯れ葉色の髪は根元だけが黒色だ。
膝に何かを抱えて、祈るように撫でている。
ゆるやかな治癒の魔法がその何かに断続的にかけられ、その様子は病気の子を守る母のよう。
光が差して、彼女の顔に陰がかかる。息をするのも忘れて見入っていた。光の中で陰を抱えながら祈る彼女は今にも掻き消えてしまいそうでこの世に存在していないかのよう。
どうして彼女は俺を頼ってくれないのだろう。
この世界はまるで終わらない陣取り合戦のようなものだ。
ヒトも動物も神の目がある土地にしか住めない。ヒトは街単位で領土を奪い合っている。街は共同体みたいなものだ。
神の目が数十年ぶりに動く兆候があり、この街は魔法戦争に躍起になっていた。
今持っている街の広さでは資源が足りないからだ。
兵士をしている俺にとって、魔法戦争が絶えないのは、稼げていいことではある。もう一稼ぎをしたら、隠居ができるだろうか?
妻は八人いる。子も何人もいるので、この街への貢献という意味で充分といえば充分だ。
どの妻も資産のある俺に養われていることで満足している。離婚の危機もなさそう。プライベートは安泰していた。
連絡のあった集合場所に赴けば、彼女はすでにいた。
足早に遅くなった謝罪をすれば、彼女は振り返り、ハッとした顔をしたかと思えば、それを隠すかのように控えめに笑う。
彼女は、紹介所のおばに前借りしたという簡素なワンピースを身につけていて。髪の毛は枯れ草色……髪の根元は黒色だ。毛染めはここら辺では見ない風習だ。異国の子だろうか。目は栗色で大きく、背が低いから一見幼く見えるが、非常に整った顔立ちをしている。時折見せる陰のある表情に、吸い込まれるかのように見つめれば、目が合うと瞼を伏せてにこりと笑う。
話を聞けば非常に遠い土地からここまで来たのだと言う。話す言葉はとても流暢で地元民と遜色ないきれいな発音。誰から教わったのか不思議なくらい、落ち着いた話し方をする。
一目で心を奪われて、話せば話すほど、彼女のことをもっと知りたいと思う自分の感情に驚いた。これまでの妻にそう思ったことはなかったから。
九人目の妻として正式に迎えた。
住む場所はもっと広い集合住宅でもいいのに、今はいいのだと言う。
法律で決まっているので、一夫多妻の場合は妻を全員平等に公平に扱わないといけない。そのため九日に一度しか彼女に会えない。もっと会いたい。
夫婦なのに片想いができるなんて、俺はしあわせものだった。
彼女は、いつだって内包する魔法力が枯渇気味だ。
魔法弾薬に魔法力を詰める内職はそこまで無理をしていない様子にもかかわらず。
いつだって思い詰めた表情でどこかに微量の魔法をかけ続けている。
その仕草は思い当たる節があるので、怪我や病気をしているのか訊いても、否定される。目に見える範囲に怪我はないことは念入りに確かめたので確実だ。では病気か?と思うがどうにも違う。
ある日、いつもより早めに彼女の家に帰れた。ふと思い立って、すぐには入らず、ドア越しに盗み聞きする。妻の家でこんなことをしている夫なんてすこし滑稽だ。
声が聞こえる。誰かいるのか?
ああ、歌だ。これは、子守唄だ。
気がつかれぬよう静かにドアを細く開け、見れば、椅子に座っている彼女が見える。
何語かわからないが聞いたこともない優しい歌声で子守唄を歌いながら、何か布に包まれた小さなものに優しい魔法をかけ続けている。
魔法力の枯渇気味の理由がわかった。小動物か何かを飼っていて、その子が弱っているのか。病院に連れて行けばいいのに、とも思うが、俺に隠していることから何か知られたくない事情があるに違いない。
妻に頼ってもらえない夫など、存在意義があるのだろうか。
もっと彼女のことを知りたいと願うのに、この手からこぼれ落ちていくかのように、距離が開いていく。
最近、ただでさえ少なかった家具が、少しずつ壊れて買い替えられて、壊れにくく無機質なものへと変わっていく。趣味が変わったわけではない。
「ぼーっとしちゃってて」
なんて笑う彼女。
時折、怪我はないか尋ねても、きょとんとしている。何を問われているかも、ピンとこないようだ。無意識……か。
彼女の様子は戦場ではよく見る。
過度のストレスに長期で晒されていると、段々とおかしくなっていく。その前兆。
何か助けになれないかと、おしゃべりという名の情報収集をたくさんしても、確信的な部分ははぐらかされる。
知り合いに総当たって彼女の交友関係を広げても、彼女はとても猫をかぶるのが上手い。他人では心を晴れさせてくれそうな関係にはならなさそうだった。
俺だけが何度も彼女に惚れ直してしまうだけ。
ある夜、食事の片付けをふたりでしていた。
彼女が手でお皿を持って行って、その瞬間、カシャンっとお皿が床に落ちた。幸いにもお皿は割れずに済んだ。
彼女は呆然として、一瞬意識が飛んだかのように、動かなかった。
手から力だけが抜け落ちたかのようだった。
「怪我は?!」
尋ねても、反応が芳しくない。
見える範囲では怪我はないけど、さすがに見過ごせなかった。
軍の医者に診せることはできないだろうか? 精神の専門家がいたはずだ。とりあえず近くのかかりつけ医の手配か。
医者にかかろうと、彼女に言えば、ハッとした表情をする。
そのあと、黙り込んで覚悟を決めたような様子が気にかかった。
今になって思えば、このときにもっと話し合っていれば……と思う。
朝、彼女を置いて仕事に行くのを何度も躊躇った。だが、現実は非情で、その日は欠かせない役目があった。後ろ髪を引かれる思いで彼女の家を後にした。
今日は一日仕事で動けないので、明日には休みを取ってでも彼女を医者へ連れて行こうと頭の中で段取りをする。
ダメ元で掛け合ってみれば精神の専門家の軍医に面会を約束することができた。良かった、専門家に診て貰えればこれで彼女はきっと良くなる。
次の日に彼女の家に行けば、誰もいなかった。
置き手紙と離婚手続きの書類。
膝から崩れ落ちた。
俺は恋に浮かれて、何も相手のことを知ることができなかったんだ。
彼女が治癒魔法をかけ続けていた大切な相手さえも、その正体を教えてももらえなかった。
本当の意味で信頼を勝ち取ることができなかった。
なぜ、なぜ、なぜ。
来る日も来る日も探し回った。
街の隅から隅まで尋ね人を探し回り。戦場でも遺体ひとつ見逃さず探し回り。
八人の妻には離縁を申し出て、自分の街を飛び出した。
彼女の故郷の方角さえも、俺は知らない。
あてどなく、神の目の範囲内で、尋ねて回る。
足取りをなんとか追えたのに、ある地点でぱたりと目撃情報が途絶えた。
ここから先は、神の目の届かない場所。穢れで満ちて、生きては行けぬ場所。
行ってしまったというのか、穢れの中に。
そうとしか考えられない。そんなかなしいことがあっていいのか。
それでもあきらめきれなくて、探し回ったたが、絶望だった。
「…………踏み出せない。どうしても。神に見棄てられし地には。一歩も踏み入れることは……俺には…………ごめん、ごめん猯子さん救えなくてごめん。ああああああああ」
途絶えた足取りを前にして、それ以上進むことはできなかった。
それでも、いつまでもいつまでも、何年も俺は探し続けた。待っていた。
もう一度、彼女に逢いたくて。
「ねえ、何を探しているの? 願いはなに? 叶えるのが簡単な願いだといいなあー!」
幸福たぬきと……………出逢った。
蛇足!




