4. たぬきとまたお引っ越し!ただし行き先は少し不穏!
とうとう穢れの匂いがなくなってきた、らしい。匂いはやっぱりわからない。
現地語も魔法もなんとか形になってきた。取り繕えるほどには。
ヒトのいる街への移動だ。幸福たぬきが何度か偵察に行ったところ、魔法戦争特需でヒトの出入りが多く、他所者も溶け込みやすい街にする。魔法戦争で潤っているので臨時の職もたくさんある。
ところで何と戦っているのかというと、同じヒト同士、街の奪い合いだ。神の見ている地は限られているので、その取り合い。では街に住むのも危ないのでは? と思うが、兵以外はそれほど死なないという。魔法でなんやかんやしているのだろう。よくわからない。
街に行くので、葉っぱ巻き巻きの服ではなく、廃墟から服を探し出した。ボロでチグハグだが、隠すところは隠れているし、服だとわかる。
そういえば、突然異世界に落ちて飢え以外に一番困ったことは、月経だ。清潔な布ひとつない中不衛生極まりなく。ストレスで増幅された腹痛は横になっても縦になっても耐えられず地べたに座るしかない。血や痛みをなんとかする魔法を幸福たぬきを揺さぶって吐き出させた。幸福たぬきに逢う前? 死にかけていて急激なストレスで月経来なかったわ。
「ヒトの生活っていちいち大変なんだなー! あれもこれもできないと生活できないなんて」
「幸福たぬきさんは違うの?」
「約束の地ではゆりかごですやすや、大きくなったら仔たぬきたちで遊んで暮らし、お腹が空いたらそこらじゅうにある美味しい実を食べてた」
「働かなくていいんだ。美味しい実は無料なのね」
「働くのは外に出されて願い事を叶えるときだけさ!」
わたしの願い事『元の生活に戻る』は、幸福たぬきからしたら、同種のヒトの住む街に戻って、ある程度の生活水準を続けられるようになれば、叶うと考えている。わたしもそう思う。
たぬきにはわたしが異世界から来たなどとは言っていない。常識がなさすぎることも、言語も文化も異なる遠くの土地から来て死にかけて迷子になっていると、理解されている。
だから熱心にこの周辺の地域でヒトに溶け込んで生活が送れるようにしてくれた。
願いを叶えたら幸福たぬきともお別れになってしまうのだろう。たぬきは故郷に帰りたがっているのだから。
願い事の叶う瞬間というのは、わたしが口先だけで「まだ叶ってない」とか言ってもきっと誤魔化せない。
欲をかけば、足元を掬われる。童話の教訓にたくさん出てくるじゃないか。大きな葛籠よりも小さな葛籠にしあわせは入っている。
しあわせはきっと妥協の先にある。
「服、現地のヒトっぽく見える? 靴はないけど」
「ボロだけどねー! 見える」
「街に行ってみよう。まだまだエスコートしてくれるんだよね」
「もちろん! キミの願いはまだ叶っていないからね」
ぽてぽてと先導するたぬきを追いかける。短いのにすらっとした黒い四本足。丸みを帯びた耳。どこからどう見てもたぬきだなと思う。
狭い土地を奪い合うために魔法戦争をしているのに、今まで住んでいた廃墟はどうして捨てられたのか。さすがに徹底的に街が破壊されてガレキの山になった土地は、再建が面倒だったのだろう。
通常の魔法戦争であれば街並みに被害は出にくいようになっている。
ここまで徹底的に壊したのは土地の奪い合い以上の理由があったに違いない。恨みとか。
近年はそんな物騒で無駄な魔法戦争はしていないよーとたぬきは言うが、本当かどうか。
トットッと軽快に歩くたぬきの後を追う。
通過するだけの街や街道でヒトビトとすれ違う。過去のトラウマで身を固く緊張してしまうが、石を投げられずに済むことにホッとする。匂いが本当に取れている。
他の生き物がいる場所では幸福たぬきはステルスたぬきになる。他のヒトには見えず、わたしにだけ見える。これも幸福たぬき特有の魔法。ズルいよねえ。わたしも使いたい。
この世界で希少なたぬきだ。姿を見られたら一瞬で狩られる。
わたしに対して、石は飛んでこないが、余所者、ハグレモノを見る目つきは飛んでくるので、匂いが取れたとはいえ、優しくはない。
果たして目的地は余所者を歓迎してくれるのか。
街では堂々と野宿もできない。コソコソと野宿をする。路地裏でステルスたぬきになっている幸福たぬきに隠してもらって寝る日々。食べ物はたぬきがどこからか調達してくる。出どころは尋ねない。
「明日、つくよー! 魔法戦争やってるのは西だったから、ぼくたちは東から入る。街に入るときにはぐれないでね」
「ねえ、幸福たぬきさんは、わたしがはぐれたら探し出して助けてくれる?」
「もちろん! だってまだ猯子さんの願いは叶えられていないからね」
「そう。じゃあわたしも幸福たぬきさんが異世界で迷子になったら助けに行くね」
「異世界? それは頼もしいねー」
街の東側にそろそろ着く頃だろうかというとき、それは起こった。
頭の上をナニかが掠めていった。変な匂い。
「魔法弾薬だ! 伏せて」
地面に伏せながら考える。どうしてだ。魔法戦争は西だった。でもそれはわたしたちが引っ越しをする前の情報だった? そうだとしてもこんな短期間で戦場が正反対の場所で起こるか?
ステルスたぬきとなった幸福たぬきにかばわれながら、目立たぬようじりじりと移動する。
「民間人や街には魔法が当たらないんじゃなかったの?」
「それは民間人がいるような街でドンパチやるときの配慮であって、軍人しかいない戦場では生易しい魔法をちまちま打っているわけないじゃないか」
ではここは軍人しかいない戦場になっているということ。
逃げ場はどこだ。
頭上ではナニかが飛び交っている。
魔法の攻撃には魔法で対処?
しかしわたしはまだ、戦争で使われるような魔法から身を守れる魔法なんて使えない。
「見つけた! 塹壕だ。ヒトはいなさそう! 今だ走れ!」
幸福たぬきが差し示す場所へ向かって、走る。
塹壕というよりは窪みのようなところへ息も絶え絶えに入り込む。と、同時に爆風に襲われる。
轟音が響き渡り、地響きのように衝撃が加わる。
わたしは包まれる。
それはいつものふわふわな見知った撫で心地のよい毛皮で。
かばわれた。
ファンタジーってフィクションなんですね!
たぬきに包まれることを希望する方は星を押しましょう!




