1. たぬきとスローライフ!ただし重労働!
魔法が使えるおとぎ話みたいな世界ではなく、わたしが落ちたのは地獄みたいな異世界だった。
神に見棄てられし深い森の大樹。その大樹には洞が空いていて、ちょうどワンルームの広さだった。
不気味な森はナニモノをも侵入を拒む。そのおかげで、わたしみたいなハグレモノが住み着くには最高の居心地である。
洞の前に拓けたお外で、コトコトとお湯を沸かし、微妙な味の香草を淹れる。なんちゃってハーブティーはスローライフという名の重労働の合間に安心をくれる。ルーティンワークは大事だ、精神衛生的に。
異世界に落ちてきたばかりのときは大変だった。食べられるものもわからず、餓死寸前だったのだから。
なんちゃってハーブティーを冷ましながら少しずつ飲んでいれば、たぬきそっくりのたぬきモドキがポテポテと帰ってくる。
「首尾は?」
「じょーじょー! 川向こうに『猯子』さんも食べられるの実を発見したよ」
「さすが『願いを叶えるたぬき』、通称『幸福たぬき』さん。一緒にハーブティー飲みましょう?」
「それはハーブティーモドキなんだろ。キミの言う『元の生活に戻る』という願いはいつ叶うんだい? ああ、こんなに運のない可哀想なたぬきはきっと他にいないに違いない! ぼくはいつ『約束の地』に帰れるんだろう!」
幸福たぬきの生態は詳しく知られていないらしい。と、幸福たぬき自身が説明してくれたのを思い出す。
正式には『願いを叶えるたぬき』、一般的には『幸福たぬき』と呼ばれる。たぬきみたいな姿形をした彼らは、出逢えることが非常に稀だ。
出逢えたら幸運だ。
彼らは『約束の地』で生まれ、独り立ちと同時に『約束の地』を追い出される。追い出された後は、知性のある生き物『願いの主』と出逢い、その生き物の願いをひとつ叶える約束をする。無事に『願いの主』の願い事を叶えた後、幸福たぬきは『約束の地』に帰ることができるようになる。というのだ。
たぬき曰く、神に見棄てられし森にいる非常に厄介で、非常に常識のない、非常に死にかけていた生き物―猯子―と出逢ってしまったことは、ぼくの不幸だ。とのこと。
わたしが願ったのは『元の生活に戻る』という願い。
その願いが果たされるのは、元の生活水準まで生活できるようになるか、それとも、元いた世界に帰るか、だ。
幸福たぬきは器用にコップモドキを前足で持って、なんちゃってハーブティーをちまちまと飲んでいる。まだ熱かったかな。
「ハグレモノが街に入るのは難しいんだよね?」
「むつかしいんだよー! いっつも魔法戦争しかしてない二足歩行のアイツラは、穢れたハグレモノを内に入れるのを毛嫌いする! それの被害は身を持って知っているだろーが!」
以前、街っぽいところに迷いこんだら、手当たり次第に物が飛んできて、果ては魔法も飛んできてしまい、幸福たぬきと走って逃げたことを思い出す。
「匂い? で判別してるよね。口々に穢れの匂いがーって言っていたって、幸福たぬきさんは翻訳してくれたよね」
「そうー! この神に見棄てられし地に長くいればいるほど匂いが染み付くからな。どこか神には見棄てられてなくて、ヒトには忘れられた街を見つけて匂い取らないとだなー」
「わたしは鼻がきかないからわからないんだよね。その匂い」
「キミはおまぬけだからな! ぼくがいてよかったなー」
「うん……君が居てくれてよかったよ」
幸福たぬきに頼りっきり。
幸福たぬきは願いの主の願い事を叶えるために、全力だ。なぜなら約束の地に帰るためだから。
聞けば聞くほど、約束の地は良いところだったのだろうと思う。
「その……幸福たぬきさんの故郷には、他の生き物は入れないの?」
「ええー! 考えたこともなかったな。うーん、あそこはぼくらも赦しを得ないと帰れないからな。……あ、約束の地に行きたいという願いを叶えるために、幸福たぬきと一緒に来たやつは見たことあるぞ。二度目はなかったけどな」
「ふーん、そういう抜け道もあるのねえ。ねえ、いざとなったら『元の生活に戻る』ために、約束の地に連れてってもらうのも手かも?」
「はーーー?! ぼくは嫌だよ、願いを叶えられていない半人前たぬきとして戻るのは!」
プンプンと効果音でもついているのかというくらい、わかりやすい表情のたぬき。
出逢えるのは稀だとはいえ、約束の地が完全に隔離されているわけではないのに、ヒトに踏み荒らされているようでもないらしい。
強欲なヒトがこんな便利な生態をしているたぬきを乱獲しないでいる。独占しないでいる。約束の地というのは何か侵入者を阻む仕組みがあるのだろう。約束の地の場所さえわかればヒトは人海戦術で囲うなりなんだりしそうなものだ。
入り口が特定もされていないだろうということは、場所自体が一定の場所に留まっていないとかだろうか。天空のお城みたいに常に動いているとか。
約束の地に行くのは最終手段だ。たぬき天国でヒトが快適に過ごせるとは限らない。
お茶休憩を終えたら幸福たぬきが見つけて来てくれたわたしでも食べられる実がある場所に案内してもらう。
森歩きも大変だ。獣道もないのだから。
神に見棄てられし地は野生の動物もほぼいない。居たらそれはハグレモノで頭がおかしくなっているから近づいてはいけない。
あるのは異様に豊かな植物と非活発的な虫。あとは通過するだけの渡り鳥くらいか。
これだけの深い森であれば、気持ち悪いほど虫の宝庫だろうに、ここの虫は隠れるように暮らしている。
たぬきに聞けばここにいる虫たちもハグレモノの虫だろうから派手に動かない。他の生き物に害のある虫はこんな生存競争に負けたモノたちがいる場所には来ない、と。
植物は、神よりも先に発生したモノたちだから、神の目を気にせず伸び伸びと成長しているのだ。
いい感じの長さの木の枝で、下草をかき分けて一歩一歩進む。
先導する幸福たぬきは魔法で伸縮自在で草や木を避けて歩くので、道は作ってくれない。先っぽが黒色になっているしっぽを追いかける。
1時間ほどだろうか、目的地にようやく着いた。途中、他の食べられる葉っぱを採りながらなので、近くても時間がかかる。
「これこれー! 栄養豊富なんだって。街でもレアモノだからいっぱい食ったほうがいい」
見たこともないような色の果実。生で食べられると教わり、持ってきた尖った石で皮を剥き、かじってみれば悪くない。
持ち帰るために手作りのカゴモドキに入れていく。カゴモドキは耐久量が心もとないが、しかたない。
幸福たぬきに、これも願いの達成に必要だからと要求すればもっとマシなカゴをどこからか持ってきてくれるんだろうけど。でも、頼りにするべきところは頼りにして、自分でできるところは自分でやらないと。全力で寄りかかったらわたしはもう二度と自分の足で立ち上がれなくなりそうだから。
持てるだけ収穫し、今日の夜ご飯はこの果物をこの場で食べてしまうことにした。
甘くはないし、美味くもないが、ムニッとした食感は悪くない。栄養豊富と言っていた。幸福たぬきはわたしの生活に何らかの栄養が必要だと考えてくれた、ということだ。
幸福たぬきは不思議だ。たぬきに不必要な知識を『閃く』らしい。願いを叶えるために必要なことをピピっと閃くとか。動物のいない採集生活は偏りがちだ。幸福たぬきはこれまでも突然、穀物っぽいものとか、タンパク質の取れるマメっぽいものとか、飲める樹液とかを見つけてきた。今回の果物も何かしらわたしの願いに必要だったのだろう。ビタミンとかだろうか。
「それにしても果実を媒介する動物や鳥や虫が少ないはずなのに、この植物が果実をつけるのはどういう生態系をしていると思う? 動物や人の手が入らないで何百年も経っている森だとしたら、ここは多様性すぎる。下草が生える隙もなく背の高い木々で鬱蒼とするはずなんだけど」
一緒にのんびりと果物を食べていたたぬきはのんきにわたしの疑問を無視する。ムニムニと夢中で食べるたぬき。
ちぇっ君はそういうやつだよ。
お節介で遠慮のないたぬきとの生活もすっかり馴染んだ。
1時間かけて帰って大樹の洞で寝る。
幸福たぬきは魔法できんたまを大きくし、わたしはそのでかきんたまに乗ってベッド代わり。わたしの体温が下がらないようにベッドを提供してくれている。ずっと触っていたくなる魅惑の感触に包まれ、毎日くたくたの身体はすぐに寝落ちる。
言葉の交わせる君と一緒にいられるなら願いは叶わなくていい。
このしょーせつは!フィクションで!ファンタジーで!現実とは一切!関係ありません!
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