創立祭明け3日目:容疑者④生徒会役員の誰か(ドゥラン)
「ティラントーッ!!!!」
先生に見つかれば間違いなく注意されるであろう勢いで廊下を駆け抜け、シェリアーナは大慌てで教室へ飛び込んできた。そんな彼女のただならぬ様子に、教室で一人昼食をとっていたティラントが思わず手を止める。
「大慌てでどうしたんだよ。昼寝のために家に帰ったんじゃなかったっけ?」
「昼寝はもういいの!それよりティラント、生徒会の人で猫飼ってる人いるかどうか知ってる!?」
シェリアーナは息を切らしながら、彼に確認したかったことを尋ねる。
まだ他のペアは戻って来てないようで、それは彼女にとって都合が良かった。
「猫?え、急になんで?」
「私が保健室まで運ばれたとき、その人から私がいつも旧校舎の教室で会う猫の匂いがしたのを思い出したの。間違いない。」
「へ、でも、シェリーがいつも話してた猫って、実在するんだっけ?誰も見たことがない幻のアレだろ?」
ティラントは幻のアレとかいいつつ、幽霊のポーズをとる。彼ははっちゃんを実在しない者だと思っているらしい。
「存在するから!ちゃんといるから!幽霊猫とか聞いたことないし。」
「ん-じゃあ実在するとして、別に飼ってはないんじゃないか?だってずっと校内にいる猫なんだろ。確実に野良猫じゃん。シェリアーナと一緒で、たまに会って餌付けしてるだけだって。」
「あ…確かにそうかも。」
あまりにも綺麗な猫だったため、学校で飼われている可能性があると思っていたのだが、冷静に考えれば学校で猫を飼う人なんて、まあいないだろう。しかも品行方正な生徒会の面子がそんなことをするとは到底考えられなかった。
「でも、匂いが移っちゃうくらいだから、猫好きなことは間違いないよ!猫好きで、精神系の魔法が上手な生徒会の人が犯人!」
「そんな奴いるのかな…」
生徒会のメンバーは目立つ存在のため、それなりに個人のプロフィールも知られている。中にはファンクラブまである者もいて、好きなものや嫌いなものなどが書かれた冊子が会員には出回っているという。
ただ、シェリアーナは全く興味が無いので、顔位しかわからなかったりする。わかるといっても、何かしら行事のたびに彼らは前に並んで立つので、なんとなく知ってる、という程度である。
探している人物が猫好きかどうかという件はひとまず脇に置き、ティラントは、生徒会メンバーについて情報を整理しようとシェリアーナに提案した。
「さっき薬草採取してたときの話だと、生徒会の中の誰かってことだったもんな。俺もそこまで詳しくないけど…他の連中が戻って来る前に、生徒会の奴らについて紙に書いて整理するか。」
「うん!ありがと。」
ティラントが机から紙を取り出し、生徒会メンバーの名前と学年、それから性別を書き出していく。
「ちょっと怪しい奴もいるけど、たぶんこれで全員のはず。」
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会長:ダンテ(3年、男)
副会長:リンスティー(3年、女)
会計:ルーベント(3年、男)、ドゥラン(2年、男)
書記:アレクシス(3年、男)、ビクター(2年、男)
庶務:マグノリアン(2年、男)、クィアシーナ(1年、女)
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学園内では互いをファーストネームで呼び合うのが習わしであるため、ティラントが書き出した一覧にも家名は記されていなかった。
この伝統の背景には、平民の中には家名を持たない者もいることから、そうした者たちへの学園側の配慮があると言われている。
「改めて見ると、見事に男子生徒ばっかに偏ってるねー。」
「生徒会の会長は選挙で選ばれるけど、他は会長がメンバーを直々に指名するからな。女子生徒だと変なやっかみがあって指名しずらいって聞いたことがある。」
「なんとなく想像つくなぁ…。」
「ちなみに全員貴族な。しかもそれなりに高位の。会長に至っては王族だ。」
「あ、それは有名な話だから知ってる。」
歴代の生徒会は良家のご子息、ご令嬢で固められている。学園の方針で平等を謳いつつ、平民がいないのは不公平だと思うのだが…生徒会というのは小さな貴族社会の縮図らしい。そこには貴族の親たちの政治的な思惑が深く絡んでいるのだ。
かつて、一人の平民が会長に選ばれ、メンバーにもすべて平民を指名したことがあったという。
しかし、それに面白くない顔をした貴族の親たちが口を出し始め、最終的には全員が入れ替えになってしまったらしい。
「というか、会長って王族なのによくやるね。学生の間だけでも遊んでたらいいのに。」
「逆だ。学生の間に学園をまとめ上げるくらいじゃないと国なんて任せられないってことだろ。仕事量は多いけど、実際の王城の仕事に比べたら子供の遊びみたいなもんなんだってさ。」
「ティラント、やけに詳しいね。」
生徒会の仕事内容について、まるで説明を受けたことがあるような言い回しである。
「まあな。実は一年のはじめの頃、俺とアスティも生徒会の勧誘を受けたんだ。ほら、俺ら実家はそれなりに名門で通ってるし。そのときに一回説明を受けて、実際に仕事内容を見せてもらったんだけど…一言で、表すと、エグイ。」
「え、エグイって…?」
「あの人たち、そんなことまで生徒会がやんの?ってことも全部、誰も文句も言わずに引き受けて、黙々と仕事こなしてんの。ちなみに賃金が発生しても文句ないような仕事な。
俺も最初は引き受けてやってもいいかなって軽く考えてたんだけど、あれを見た後、すぐに考えを改めたよ。残念ながら俺には学生時代のすべてを生徒のために捧げるような崇高な精神は持ち合わせてないって。そのことを遠回しに伝えて、即効でお断りさせてもらった。アスティも俺と同じように、なんかしら理由つけて断ってたな。」
「…」
まさかティラントもアスティも、生徒会から勧誘を受けていたとは。
口には出さないが…二人とも生徒会の雰囲気にはまったく合っていない。
外見のことを言っているのではない。ティラントもアスティも、生徒会の面々に劣らぬほど整った容姿をしている。ただ、生徒会の人たちから感じるあの高潔な空気を、二人から感じたことは一度もなかった。
「色々と初めて知ったかも。ティラントとアスティが勧誘を受けてたことも、生徒会の仕事がそんなに大変だってことも。」
困ったことがあれば生徒会に相談…これが学園の生徒の共通認識だ。
そこらの先生よりもよほど頼りになる存在、それがこの学園における生徒会の在り方だった。考えてみれば、大変なのも頷ける。相談事の一次窓口は全て生徒会になっているのだから。
「じゃあ、やっぱりあれじゃない?生徒会の仕事が大変過ぎて、動物に癒しを求めた。結果、旧校舎の空き教室で猫を飼うことにした。」
「飛躍し過ぎだろ。家で飼えよ。連れて帰れよ、そこは。」
「色んな事情があるんだよ。」
「そうかぁ?」
と、ふざけるのを一旦止めて、シェリアーナは改めてメンバーの一覧に目を向ける。
(…びっくりするくらい、ピンとこない。)
はっきり言って、このメンバーの誰とも面識がなかったし、名前を見ても、ぱっと顔が思い浮かばなかった。
おそらく会長のダンテの顔はわかる。創立祭のとき、開会の挨拶で全校生徒の前で『今日は楽しみましょう』的な演説をしていたから。ややウェーブがかった長い金髪を一つに纏め、きちりと制服を身に着けた、いかにも王子様です、という見た目の人物だ。
シェリアーナは遠目からしか見たことが無いのだが、女子生徒がキャーキャー言ってるので、たぶんお綺麗な顔をしてるんだろう。(それくらいに興味がない)
そして、その横に控えてた長身の美人(こちらは遠目からでも美人だということが雰囲気でわかる)がたぶん副会長のリンスティーだ。
そして、背の低い可愛らしい感じの女生徒が一年庶務のクィアシーナなんだろう。
その他は…
「ねえ、私たちと同じ二年に、生徒会メンバーが三人もいるよ。」
「おいマジか、知らなかったのかよ。三人とも一年生のときから生徒会入りしてた奴らだぞ。」
「へー」
あからさまに興味がないシェリアーナの返事に、ティラントはやれやれと呆れた表情になる。
「全く興味がないのがひしひしと伝わってくる返事だな…まあ三人ともSクラス所属だから、関わりは薄いだろうけどさ。」
この学校のAクラスは魔法を専科とする者が所属するクラスであり、B、C、Dの3クラスは、一般教養として色々なものを広く学び、二年の途中でそれぞれが学びたい専科に進むことができる。
Aクラスも一年生だった頃は教養課程が多く、B、C、Dクラスと合同の授業もあったため、クラスを超えて交流があった。
対して、Sクラスだけは他とは一線を画す特別なクラスである。
そのほとんどは、将来この国の中枢を担うご子息やご令嬢で構成されており、人の上に立つ者としての教育をはじめ、経済学・経営学、外交のための第二外国語や交渉術など、他とは異なる特殊なカリキュラムが組まれていた。
「ねえ、Aクラス以外でも、魔法が使える人っているのかな?」
「そりゃあ使える奴もいるんじゃね?特に貴族の子女だと魔力は確実に持ってるだろうし。ただ将来的に必要ないから学んでないってだけで。」
「そっか…。じゃあ、Aクラスの人っていうので絞り込むのはできないね。」
シェリアーナは、犯人は高度な魔法が使える人物だと思っていた。したがって、他学年の、そしてAクラス所属の生徒会メンバーに狙いを定めれば十分だと思っていたのだ。けれどもAクラス外でも魔法が使えるとなれば、その前提は成り立たない。
となれば、残す絞り込み条件は、猫好きか否か。
「この中で猫好きな人がいるかわかる?」
「ごめん、それは知らん。個人の趣向まで掘り下げるほどの興味はない。」
「だよね…」
手詰まりだ。
せっかく犯人がわかると思ったのに、疑わしき人物が増えてしまった。
シェリアーナが目に見えて落ち込む様子を見せると、ティラントは励ますようにして、ある生徒会メンバーについて触れた。
「シェリーはさ、生徒会メンバーに面識がないって言ってたけど、ドゥランは?あいつ創立祭の準備のとき、見回りで何回もうちのクラスに来てたじゃん。打ち上げんときだって、Aクラスに来てたし。」
「あ、忘れてた。」
ドゥランだけはしっかりと名前と顔が一致する。といっても、シェリアーナは彼と挨拶くらいしか交わしたことがなかったので、面識があるといっていいのかどうかは分からなかった。
「俺としては、シェリーを運んだ人物っていうのはドゥランが一番濃厚だと思うんだけど…」
確かに、ドゥランはあのときクラスに見回りに来ていた。けれども、彼が私を運んでくれたとはどうしても思えなかった。というのも、
「あの人と私、ほぼ絡んだことないんだけど。『お疲れ様でーす』『さようなら』くらい。」
「もしかしたらってこともあり得るだろ。もう大分絞り込めたんだから、直接本人に聞きに行けよ。」
「ええっ、ほとんど喋ったことないのに!?」
「あのキラキラ王子様の会長に『私を運んでキスまでしてくれたのはあなた?』って聞くよりか、遥かに簡単だろ。」
「いや、私にとったらドゥランも十分ハードル高いよ…Sクラスの人っていうだけで何となく身構えちゃう。あと、もし違うかったときに気まずい。いっそのこと生徒会の相談箱にドゥラン宛ての手紙を投函して、返事を待とうかな。」
「その投函のために、結局生徒会んとこまで行くほうが面倒だろ。」
「確かに。」
相談箱というのは、その名の通り、学園の生徒の悩み事や相談事、はたまたクレームなどを、生徒会のメンバーに手紙で伝えるためのものである。対面で生徒会に相談するのが難しい場合や、匿名で意見をしたい場合に利用してほしいとのことで設置されている。
しかし、その相談箱が設置されているのは、生徒会専用の生徒会館と呼ばれている別館の前で、教室棟からは随分と場所が離れている。
そこに行くまでが一苦労だし、生徒会以外の人間はほぼ足を踏み入れることも無い場所だ。周辺をうろうろしていると投函しに来ていることがバレバレになるため、匿名性はゼロに等しかった。
いま現在利用している者がいるのかどうかも怪しい相談箱だが、昔は構内のあちこちに設置されていたらしい。ところが、投函のハードルが低すぎたせいで、皆が自分で解決できるような些細な悩みまで持ち込むようになり、そのうえ、からかい半分の投書も多かったという。結果として、生徒会は仕分け対応に追われて業務が回らなくなり、最終的に「投函のハードルを上げよう」ということで、生徒会館の前にのみ設置されることになったらしい。
「でも、それ以外の方法だと、Sクラスに直接会いに行くしかないよね…」
「生徒会の女子に相談するってのはどうだ。『以前私を介抱してくれた人を探してます、生徒会の誰かだと思うのですが、一緒に探してくれませんか。』って。」
「生徒会女子は同学年にいないから、それはそれで会いに行くのが面倒かも。」
「じゃあ、やっぱ聞きに行く相手は同じ二年のドゥラン一択だな。さっきも言ったけど、ドゥランにはストレートに聞けよ?『あなたが私を介抱してくれた人ですよね?』って。それに、生徒会って、生徒の悩みを解決するのも仕事の一つだろ。もしドゥランじゃなかったとしても、その後の人探しに協力してくれるって。こういうのって、時間が経つほど聞きづらくなるから、早めにケリつけとけよ。」
「そうなんだけどさ…あーなんか色々面倒になってきた。もう、うやむやなままでもいいかな…ありがとう、あのとき私を運んで付き添ってくれた人。直接お礼はできないけど、あのときのキスがお礼だと思ってください。それでは、陰ながらあなたのご健勝をお祈り申し上げます。」
シェリアーナはふざけ半分でお祈りするポーズをとるも、ティラントから冷めた目を向けられ、即、やめた。
いつも気の良い彼がこうして冷たい態度を取るときは、大概が本気で怒っているときである。
「シェリー。俺はおまえにここまで付き合わされたんだから、おまえを介抱してくれた、しかもキスまでしてきた相手を知る権利があると思う。」
「はい、その通りです。」
「そこで、だ。ドゥランに聞きに行くのを躊躇ってるシェリーに、一ついいことを教えてやろう。」
「いいこと?」
「ああ、それは――「うわ、早!またシェリアーナとティラントのペアが一位か!」
ティラントの声が、委員長の大きな声にかき消される。
二人して教室の入口を振り向くと、委員長とアスティのペアが課題を終えて戻ってきていた。
「二人とも薬草採取のときは断トツで早いよね。似たようなところを探してるはずなのに、なんでそんなに見つけるのがうまいかな?僕たちもそれなりに早かったはずなんだけどな。」
アスティが不満を述べると、ティラントは「友情パワーのおかげ」と訳のわからない返しをする。
ティラントとシェリアーナのペアが誰よりも早いのは、二人とも相談タイムに時間を割きたいからと、探知魔法を極めていった結果である。
「なあ、アスティに委員長。このあと空いてる?せっかく半日暇なんだ、どっか遊びに行こうぜ。シェリーも、昼寝するの止めたんなら、一緒にどうだ?」
ティラントは戻ってきた二人とシェリアーナに早速声をかけた。
しかし、委員長は顔の前に両手を合わせ、断る様子を見せる。
「ごめん、俺はこのあと用事あるんだ。三人で遊びに行ってきなよ。」
「私も、ごめんね。ちょっと予定があるから、もう帰るね。」
それに便乗し、シェリアーナも、予定があることを告げる。予定と言っても、結局昼寝をするだけなのだが。
「そっか、二人とも用事があるならしゃあねぇな。アスティは?」
「僕は大丈夫だよ。今日課外授業で早く終わること、家族の誰にも伝えてないんだ。」
普段であれば、真っ直ぐ家に帰るであろうアスティだが、今日は違ったようだ。
「よし、それじゃアスティ、二人でどっか行くか。」
「うん!」
シェリアーナはティラントに視線を向ける。
よかったね、という意図を込めて。彼は表情には出さず、シェリアーナにだけ見える位置で、親指を立ててみせた。
それにしても、グッジョブだ委員長。
空気を読んだのか、はたまた偶然なのかは分からないが、いずれにせよ彼らがデートできることに変わりはない。
シェリアーナは先程書いてもらった生徒会メンバーの一覧の紙をこっそりとカバンに入れ、「じゃあまた明日ね」と教室を後にした。
――ドゥランへの確認は、明日に持ち越しだ。
ストックが無くなったので、続きは週末。




