創立祭明け3日目:容疑者③ティラント
「今日のペアもシェリーか。俺たちってほんと一緒に組むことが多いよな。」
今日のAクラスは丸一日、薬草学の課外実習だ。
生徒はペアを組み、先生から配布された薬草を学園近くの広大な森の中から摘んでくるという内容で、間違えればやり直し。早く終われば午前中であっても帰宅してよし、だが裏を返せば、終わるまでは帰れないという、ある意味では過酷な授業でもあった。
ペアとなる相手は先生がランダムで決めるのだが、シェリアーナとティラントの二人は仕組まれてるのかと思ってしまうくらい、ペアになることが多かった。
「ほんと、これまでの薬草学のペアはほとんどがティラントとだよね。逆に違う子と組まされたときは『え、今日何が起きた!?』って思っちゃうくらい。」
「だな。でもシェリーと一緒だと気が楽だしいいわ。」
「ありがと。私もだよ。」
シェリアーナもティラントと同じで、彼とペアだと気が楽だし、落ち着く。しょっちゅう一緒にいるわけではないのだが、シェリアーナにとって、ティラントは異性の中で一番仲の良い友達だ。おそらく、ティラントにとっても、一番の友達はシェリアーナであると思っている。
――だからこそ、彼が自分を介抱し、キスしてきた相手ではあり得ないことを、シェリアーナは知っていた。
課題の薬草を探しながら、二人で森の中をどんどん突き進んでいく。
この森は教師たちによって結界が貼られているため、安全面は保証されている。また、事前に渡された魔法具により、自分の位置情報がわかるようになっているので迷子の心配もなかった。
「で、最近はどう?なんか進展はあった?」
目線は足元の草根に向けつつ、シェリアーナがティラントに最近の様子を尋ねる。
薬草探しは二の次で、互いの相談ごとを聞くのが、この時間、二人の定番だったりする。
「なんも。創立祭は一緒に回れたんだけど、なんも進展はなし。それに、アイツ親父さんに反対されて打ち上げには来れなかったしな。」
「打ち上げに来れなかったのは残念だったよね。」
「ほんとそれ。アイツと乾杯したかった!あーなんでもう創立祭終わっちゃうんだよな。展示の準備してるときが一番楽しかったわ…アイツも放課後に残る理由ができて、一緒にいる時間が長くてほんと幸せだったのに。」
「あそこの家、厳しいもんね。今まで通り休み時間を駆使して時間作るしかないね。」
「休み時間だけじゃ全然足りない。本当は学校終わりも休みの日も、毎日一緒にいたいくらいなんだけど。」
「相変わらずアスティが好きな気持ちで溢れてるねぇ。」
――そう、ティラントは、同じクラスのアスティに恋をしていた。
ティラントもアスティも、どちらも伝統を重んじる名家の息子――しかもティラントはその嫡男である。
それでいて、彼の恋は同性同士という、あまりに困難なものだった。
最初に彼から『ここだけの話』といって、恋愛相談を受けたときは率直に言ってめちゃくちゃ驚いた。
けれども、自分の気持ちに素直で、それから一生懸命に恋をしている友人を応援せずにはいられなかった。
「あ、そうだ。打ち上げに来れなかった子のために、今週か来週、クラスでランチ会を企画するって委員長が言ってたよね。それならアスティも参加できるし、良かったね。お、月見草発見。」
シェリアーナは月見草を根っこごと引き抜き、ティラントの持っているカゴへと入れる。
「そうだな。アイツほんとめちゃくちゃ悔しがってたもん。アイツのためにも、委員長を手伝ってランチ会を盛り上げてやんないとだ…こっちはシビレ茸見つけた。」
ティラントが手袋を装着して茸を摘み取り、シェリアーナの持っている専用の箱へと入れる。
何度もペアを組んでいる二人の手際は、すっかり慣れたものだった。
互いに探知魔法を行使しながら、すぐさま対象を見つけて丁寧に採取していく。
その後も次々と課題の薬草を見つけては摘み取り、残すところあと1つ見つければ終了というところまで来た。
「あのさ」
と、ここでティラントが捜索の手を止め、急に立ち止まる。
「ん?」
「さっきなんも進展無かったって言ったけど、心境には進展あった。…俺、近々アスティに告白するつもりだ。」
「!」
ティラントの告白に、シェリアーナも動きを止めた。ティラントはそのまま話を続ける。
「本当は、創立祭の日にアスティに告白するつもりだったんだ。何度かチャンスはあったんだけど…結局、勇気が出なくてやめた。断られたらどうしよう、気持ち悪がられたらどうしようって、急に怖気付いちゃってさ。他にも、家のこととか色々考えたら、諦めたほうがいいんじゃないかって…
でも、家に帰ってから、創立祭でアイツと一緒に笑ってた時のことを思い出したんだ。やっぱり、アスティには俺の隣で笑っててほしいし、側にいてほしい。せめて学園にいる間だけでも、自分の気持ちに正直でいたい。だから、次チャンスが来たら、今度こそちゃんと自分の気持ちを伝えるつもりだ。」
そこまで言うと、ティラントはすこし恥ずかし気に俯き、頬を掻いた。
「…急にごめん、でも、シェリーにだけは、俺の決意を知っといて欲しくて。」
「ううん、教えてくれてありがとう。大丈夫、きっと上手くいく。」
適当に励ますつもりで言ったわけではない。
ティラントの告白は、きっと良い結果に終わる。シェリアーナにはそう思えた。
シェリアーナは人一倍、人の感情に敏感だ。周囲はまだ気づいていないだろうが、アスティも少なからずティラントのことを意識し始めているのを、彼女は感じ取っていた。
「そういえば、シェリーの方はどうなんだ?打ち上げのとき、カティナたちのことを羨ましがってたじゃん。」
シェリアーナは急に自分に話を振られ、ドキリとして茸の入った箱を落としそうになってしまった。
「いや、あのときはお酒が入ってたせいもあって、恋人がいるっていうのが羨ましく感じたんだけど…今は、まあ別にって感じかなぁ。」
カティナたちのカップルは本当に仲が良くて見ていて微笑ましいし、ティラントや委員長が相手に向ける熱い感情には、むしろ尊敬の念すら抱く。
けれど、シェリアーナに今、そこまでの想いを向けられる相手がいるかと問われれば、答えは否だ。
「ほんとシェリーはあっさりしてるよな。周りは恋愛に浮かれた奴ばっかだっていうのに。気付けば俺らのクラス、彼氏彼女持ちばっかなん知ってた?」
「知ってるよー。イベント効果って凄いよね。一気にクラスに3組のカップルが誕生したんだから。」
「あー俺も早く4組目になりたい。」
「ははっ、だね。」
ここでシェリアーナは、打ち上げで自分を運んでくれた人物について、ティラントにまだ確認してなかったことに気付く。
「そういえば、ティラントに確認したかったんだけど。打ち上げで私が倒れたとき、私のことを介抱してくれた人に、心当たりある?」
創立祭明けに男子みんなに聞いたときは、ティラントも記憶が曖昧という回答だった。それでもその後、どんな些細なことでも思い出したことがあればと、わずかな期待を込めて再び確認してみる。
「え、あれって、まだ解決してなかったのか?」
「残念ながら…」
「俺、あの時のこと、ほんと曖昧なんだよ。あのとき、気付いたら、シェリーは保健室に運ばれたって聞いて、誰がいつどうやってってこと何も疑問に思わないで、後片付けを始めたんだよな。今思い返しても、本当不思議だわ。だって、シェリーが倒れたのを見て、真っ先に駆けつけたのは俺だったはずだし、先生がシェリーに水飲ませてたのも覚えてるんだけど…いつの間にか後片付けってなってて、しかも片付けが終わったら、様子も見に行かないで、みんなと家に帰ってた。普通、絶対様子見に立ち寄るくらいすると思うんだけどさ…」
シェリアーナは今のティラントの発言で感じた疑問をぶつける。
「『聞いた』って、一体誰に?」
「誰に…いや、誰に聞いたのかまでは覚えてないな…でも、あのときはみんなシェリーは保健室に運ばれた、って共通認識が出来てたんだよ。・・・やっぱり、シェリーが自分で歩いてったんじゃねぇの?」
「前も言ったかもだけど、それは無理。あのときの私、ほぼ意識なかったし、たぶん立つことも出来なかったと思う。それに、運ばれてるときのことちょっとだけ覚えてるんだけど、私を抱きかかえてる人は制服着てたんだ。」
「あれ、そんな話だったっけ?じゃあ誰かがシェリーを介抱してくれたのは間違いないってことか。」
「私、その人に保健室のベッドに寝かされたあと、頭撫でられてキスまでされた。」
シェリアーナはしれっとさり気なく、キスの件をティラントに伝えてみた。すると、
「はぁっっ!!!!?なんだそれ、聞いてねぇし!」
カティナのときと同様、シェリアーナの予想以上に驚かれてしまった。それも、やや怒気混じりで。
「うん、言ってなかったから。」
「うわ、マジかよ…え、この話他に知ってる奴いんの?」
「カティナとトリスタン。カティナに最初に話して、カティナ経由でトリスタンの耳にも入った。」
「はー…おい相棒。そこはまず俺に相談しろよ…友達がいのない奴だな。」
「それは…ごめん…」
まさかティラントのことも介抱人として疑ってたとは言えない。
「私、その人は相当な魔法の使い手じゃないかって予想してるんだけど。うちの両親含め、あの場にいた全員の記憶が操作できるような…でもそんな高度な魔法使う人ってうちのクラスにはいないと思うし、それに私にキスするような人にも心当たりなんてないし…。ティラントは誰か思い当たる人いる?」
シェリアーナの問いかけに対し、ティラントは腕を組んで「うーん」と唸る。
「もしかしたら、Aクラスの奴じゃないのかもな。」
「え、別のクラスの生徒ってこと?」
「そう。おまえ他のクラスの奴から割と人気あるし。」
「それは…見る目あるね。」
「うん、だな。俺らのクラスの男子はおまえの魅力に気づけなかった残念な奴らの集まりだ。」
「そこまで言うか。」
でも、他のクラスの生徒の可能性は考えてなかった。
あの日、Aクラス以外で残ってたクラスはどこだ?
「確か、二年生はAクラスだけ学校で打ち上げをやったんだよね。Bクラス、Dクラスはお店を貸し切ったらしいし、Cクラスは後日誰それの豪邸で打ち上げパーティーをするってことで、あの日は早々に帰ってったし…Sクラスはわかんないけど、教室は明かりがついてなかったから、みんな学校にはいなかったと思う。」
「一年生はそもそも打ち上げ禁止だしな。」
一年生は未成年を含む年齢のため、打ち上げを行うことは固く禁じられていた。なぜなら、間違いなく飲酒する者が出てくるからだ。
昨年、私たちも一年生だったときは、創立祭のあとはサクッと家に帰ったものだ。
「三年生は?私詳しく知らないんだけど。」
「確か、最後の年だからって各クラスの実行委員が団結して打ち上げ会場にどっかのホールを貸し切って、学年全員で夜通し騒いでたって聞いた。」
「ホールの貸し切りって、スケールが大きいなあ。私たちの代も来年そんな企画できるかな。」
「やりたかったら企画すればいいし、やりたくなければ今回みたいにクラス別でいいんじゃねぇの?」
「確かに。」
話が脱線してしまった。
つまり、話を纏めると、あのとき学校に残ってたのはAクラスの連中だけということになる。
「まあ、中には何人か学校に残ってる奴もいたかもしれないけど、割と遅い時間だったしな。生徒会が見回りしてたことだし、俺らAクラスの連中以外は帰宅させられたんじゃね?」
「そうだね。生徒会が見回りしてたもんね…」
と、ここで二人して顔を見合わせる。
いるじゃん、Aクラス以外の生徒。
BLタグ入れたほうがいいのか迷いました。




