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創立祭明け1日目:なんでみんな覚えてないんだ。

結局この日、シェリアーナは一日中頭痛と吐き気に悩まされ、大半をベッドの上で過ごす羽目になった。

その間に妹と弟が部屋に様子を見に来るついでに遊んでとせがんで来たり、母親から介抱してくれた人を思い出せとせっつきに来たりと散々であった。


母が言う“介抱してくれた人”の件については、むしろ先生を含め打ち上げに参加していたクラスメート全員に迷惑をかけたのだから、その人だけでなく全員へお礼をするのが筋なのではないだろうか。

とにかく、明日登校したら、みんなに謝ろう。迷惑かけてごめんなさい、と。

あれほど最高な一日だったのに、完全にやらかしてしまった。



(それにしても…)



「一体誰が、私に付き添ってくれてたんだろう?」


母曰く、その人は私を保健室まで運んだあと、父と母の迎えが来るまでの間、ずっと側に付き添っていてくれたらしい。

しかし奇妙なことに、父も母も、その人物と確かに会話をしたというのに、どうしても姿が思い出せないのだそうだ。

…男性であったか、女性であったか、教師だったのか、生徒だったのかでさえも。

そんなことがあり得るのかわからないが、覚えていないと言うのだから仕方がない。


倒れたあと、しばらくして横抱きで運ばれていた感覚は覚えている。

私を抱えて教室から保健室まで運べるんだから、相当な体力のある人物のはずだ。


大人の誰かかと思ったが、たしか、運ばれているときに制服のブレザーが見えた気がした。

ということは、その人物は先生ではなく生徒ということになる。


…委員長か?


彼は体格がいいし、力もある。

それに何より責任感が強い。クラスメートが倒れたら、真っ先に助けに行くタイプだ。


(まあ全部、明日学校に行って聞けばわかることなんだけど)


今日は代休で休みだっただけで、明日からは普通に登校だ。明日学校に行ってから、誰かに聞けば、委員長が運んでくれたかどうか教えてくれるだろう。


(そういえばあのとき、保健室のベッドに寝かされてから、頭を撫でられたような…)


委員長は何を思って酔っ払いの迷惑女の頭なんて撫でたのだろうか。

髪が乱れていたから整えてくれた?


いや………まてよ。そのあと、口に柔らかいものが触れなかったか?


ほとんど眠りに落ちかけていたが、唇に温かく柔らかなものが触れた感触は、決して夢ではなかったはずだ。


なぜなら、その瞬間、確かに相手の吐息が頬をかすめたのだから。


「あれ?私、もしかしなくても、キスされてた?」


思わず一人呟いた後、シェリアーナは唇に自分の手をあてる。

これまで誰かと恋愛をしたことがないシェリアーナにとって、キスなんて未知の体験である。


(いやいやいや…)


委員長ではあり得ない。


だって彼は隣のクラスの学級委員に惚れており、いつも頓珍漢なアプローチをしては軽くあしらわれ、クラスのみんなから励まされてるのだから。


彼があの子よりもシェリアーナを魅力的だと思って、衝動的にキスした――そんなこと、あり得るだろうか。うん、ないな。彼に限って、万が一にもそんな血迷ったことはしないだろう。


委員長ではないとすると、保健委員か?

いや違う、彼女は昨日の打ち上げに参加してなかったし、あの細腕で私を横抱きで運ぶのは無理がある。



「うう、寝れない…」



こうしてシェリアーナは夜更けまで頭を悩ませ、寝不足のまま翌日を迎えた。





「おはよう、カティナ。」


登校中、ちょうどカティナの姿を見つけたので、シェリアーナは彼女に駆け寄って声をかけた。


「!おはよう、シェリー。もう身体は平気?」

「うん、もうすっかり元気。」


正確には寝不足ではあるのだが、昨日一日ついて回った頭痛や嘔吐感はすっかり無くなっていた。


「なら良かった。あの後、無事に家まで帰れたの?」

「うん、親が迎えに来て説教されながらなんとか帰ったよ。それよりごめん、迷惑かけて。私が倒れたせいで場を白けさせちゃったよね。ほんと反省してる。」


自分が倒れたせいで楽しい雰囲気をぶち壊してしまったことだろう。きっと心配よりも、うわ、マジかよ面倒くせーな、と内心思っていた子のほうが多いのではないだろうか。


「はは、気にしすぎ!シェリーってあっけらかんとしてるくせに、変なとこ気を遣うよね。誰も気にしてないし、みんなシェリーの心配しかしてないから。どうせもうお開きだったしね。むしろシェリーが倒れてくれたおかげで、泥酔してた子たちも、慌ててお水いっぱい飲んで酔いを醒ましてたし。」


「ならいいんだけど…」


「あ、でもアリア先生だけは心配じゃなくて『つまんないわね、今回潰れたのはシェリアーナだけか。』って言って他の先生からめちゃくちゃ怒られてたかな。」


「はは、さすがアリア先生。」


アリア先生は今年からAクラスの担任になったので、昨年は一緒ではなかった。しかし、毎年受け持つクラスの生徒は、イベントごとに酒を飲まされて潰されるという噂は本当だったようだ。




その後、カティナとともに教室に入ると、打ち上げに参加してない子も含め、みんな次々とシェリアーナの元に駆け寄り、心配の声をかけてくれた。ちなみに今日の一限は男女別の授業のため男子は不在で、この場には女子しかいなかった。


「シェリアーナ大丈夫?倒れたって聞いたけど、もう平気なの?」

「私ら急性アルコール中毒!?ってめちゃくちゃ焦ったんだから。いびきかいてるの見て、ほんと、安心したよー。」

「今回は無事だったから良かったけど、本当に気をつけなよ。次の打ち上げのときは、シェリアーナはお酒じゃなくてジュースだからね。」


カティナの言っていた通り、みんな心からシェリアーナの心配をしてくれているように見え、胸がじんと熱くなる。


「心配してくれてありがとう。昨日はずっと頭痛と吐き気との戦いだったけど、一日寝て過ごしたらすっかり元通りになったよ。」


シェリアーナは、自分は本当にクラスメートに恵まれていると感じていた。1年のときからずっと同じ顔ぶれの16人――2年目の今では、まるで家族のように仲が良く、絆も深まっていた。


「ところでさ。私、保健室に運ばれたと思うんだけど、誰が運んでくれたか教えてくれない?運んでくれた後も、ずっと付き添ってくれてたみたいで…でも、ほとんど意識なくって覚えてなくって。お礼言わなきゃ。親からも名前を聞いとけって言われてるんだ。」


シェリアーナが尋ねると、皆そろって首を傾げた。


「え、と、誰だっけ?」

「先生?男の先生を呼びに行ってたような…ほら、委員長が廊下に飛び出していったじゃん。」

「アリア先生は一生懸命シェリアーナに水を飲ませてたけど、その後はずっと教室にいたよね。後片付けのことみんなに指示してたし。」

「男子の誰か?だれだっけ?」

「私は打ち上げに参加してなかったからわかんないや、ごめん。」

「私も。」


まるで悪い冗談のようだ。


シェリアーナが運び出されたときのことを、誰一人として覚えていないなんて。


酔っていた者ばかりではなく、素面の生徒もいたというのに、その子ですら当時の光景は靄がかかったように曖昧で、どうしても思い出すことができないという。

そういえば、シェリアーナの両親も同じように、記憶が曖昧で思い出せないと言っていた。


「なんか…振り返ってみれば不思議かも。気付いたらシェリーは保健室に運ばれたって()()()、みんなそのまま片付けを始めたんだよね。私、普段だったらシェリーに付き添ったり、様子を見に行ったりすると思うんだけど…あの時なんでか知らないけど、大丈夫だから片付けて帰ろうって、後片付けが終わったあと、流れでそのまま帰っちゃったんだよね…なんか、ごめん。」


カティナがぽろっとこぼす。


「いやいや、謝らないで。というか、まるで魔法にでもかかったみたいだね。みんなして記憶があやふやだなんて。」


シェリアーナがカティナに返事をしたところで予鈴が鳴り、みんな自分の席へと戻っていった。


結局、彼女を保健室まで運んでくれた人物が誰なのかは、最後までわからないままだった。





授業の間、シェリアーナは一人で先程友人たちが言っていたことについて考えていた。


(女子の誰も覚えてないって、どういうこと?)


女子生徒の数は全部で8人。

そのうち打ち上げに参加できなかった者は2人で、参加した6人のうち、自分を除くと5人。

その5人全員が、私を介抱してくれてたときのことを覚えてないという。


シェリアーナの当初の予定では、朝、女子しかいないこの時間に介抱してくれた人物を教えて貰い、その後、その人物へお礼と、こっそりキスの件についてどういう意図があったのかを尋ねようとしていた。


(なんだか当てが外れてしまった。男子が戻って来たら、聞いて回るしかないか…)


「私を運んでくれたのはあなた?(私にキスしてきたよね?)」なんて、ちょっと気まずい気もするが、シェリアーナは一旦考えることを止め、授業に集中することにした。





が、その後に確認した男子の反応も、女子と似たり寄ったりだった。


「え、委員長が運んでやったんじゃなかったけ?」

「いや、俺は保険医の助けが必要だと思って、保健室と職員室まで探しに行ってたんだ。結局、もう帰宅してたみたいで、教室に戻ったんだけど…」

「Cクラスの先生が来てくれてたような…ほら、ダルカス先生がアリア先生にめっちゃ怒ってたじゃん。先生が付いていながら生徒に許容量を超えて飲ませるなって。」

「でもダルカス先生はそのまま片付けを手伝うために、Aクラスの教室にずっといたはず…おまえシェリアーナ運んだ?」

「いや、俺じゃない。」

「俺でもない。」

「僕はそもそも打ち上げに参加してない。」


しまいにはティラントから「シェリアーナ、おまえ自分で歩いて保健室行ったんじゃね?」とまで言われる始末。


「私、あのとき真っ直ぐ一人で歩いて管理棟の保健室まで行った記憶ないから・・・」


ダメだこりゃ。結局振り出しに戻ってしまった。




シェリアーナは一人、これまでの情報を頭の中で整理していた。ちなみに、今は魔法理論の授業中である。受け身で聞いていればいい座学はありがたい。わからなかった部分は、あとでカティナに教えてもらおう。



まず、Aクラスの男子は8人。打ち上げに不参加だった1人を除き、参加していた7人のうち、委員長は保健医を呼びに行っていたので、一時的にあの場にいなかったと言っていた。

つまり、該当者は6人。


けれども、ここでふるいをかけるとすると、6人のうち彼女持ちの4人は除外していいだろう。


だって、彼女がいながら自分を抱きかかえて、しかもキスをしたとか…全員、自分の彼女を裏切ってまでそんなことをしでかすようなクズではない。たぶん。


消去法で、残ったのはティラントとナバールの二人なのだが…


まず、ナバールは、ない。


「僕はペンより重い物は持たない主義なんだよね~」と、毎日手ぶらで登校するような男だ。私を運ぶくらいなら誰かにやらせるだろう。


じゃあ、ティラント?


でも「ティラントがてきぱきと動いて指示くれたおかげで、後片付け速攻で終わったんだよーほんと頼りになるわー」と今朝カティナが言っていた。つまり、彼は後片付けで教室に張り付いていたので、私を運んでる暇などないはず。よってティラントでもない。それに、彼も片付けの後、みんなと一緒に帰っていったらしい。


やっぱり先生?でも、制服だったしな…



「一体誰なんだ、私を介抱してくれた人は・・・」



そう呟いたシェリアーナは、授業聞いて無かっただろうと黒板掃除のペナルティをくらった。


備忘録

Aクラス総数:16人(男子:8人、女子:8人)

内、 打ち上げ参加:13人(男子:7人、女子:6人)、不参加:3人(男子:1人、女子:2人)



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