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後日談6.飼い猫の嫉妬

「じゃーん」


昼休み、いつもの旧校舎の一室にて。


ランチを食べ終わった後、ドゥランの視界いっぱいに、青く綺麗なものが広がった。


この間の実地授業で、シェリアーナがナバールから譲ってもらった、ドラゴンの鱗である。


「鱗? どうしたんですか、それ?」


「ドラゴンの鱗だよ~。この前の魔法科の実地授業で、貰ったの。キレイだよね」


青く光る鱗。

屋外では光を反射して不思議な色合いを見せていたそれは、屋内ではまるで海のように澄んだ青をしていた。


「触っても?」


「もちろん。はい」


ドゥランの手のひらにそっと乗せてやると、彼はそれをつまみ上げ、窓から差し込む光にかざした。


「……すごい貴重なものを手に入れましたね。スカイドラゴンの雛の鱗ですよ、これ。

たぶん、博物館レベルです」


「え!? 本当に言ってる!?」


「はい、大マジです」


ドゥランは相変わらずの無表情で、鱗をシェリアーナの手に返しながら、こくりと頷いた。


「そんな凄いやつ貰っちゃってたんだ……」


シェリアーナは自身の手に戻ってきた鱗を改めて見つめた。

正直、これがそれほど貴重なものだったとは、思いもしなかった。


「"もらった"、ですか?」


「え、うん。これ、ナバールがなんかドラゴンに話しかけて譲ってもらったやつなんだけど……」


「ナバールさんが?」


ドゥランの眉がぴくりと動いた。


(おや、珍しい)


自分でも「表情筋が死んでいる」と言っていた彼の顔が、わずかに動く。

……しかも、あまり良くない方向へ。


「ナバールさんがドラゴンに鱗を譲ってもらって、

それをさらにシェリーさんが譲ってもらった。

――で、合ってます?」


「う、うん。合ってる。

最初は私が魔法を仕掛けたんだけど、全然効かなくて……。

そのあとナバールが私に代わって、ドラゴンに話しかけて、鱗をもらったんだ」


シェリアーナはてっきり、ナバールがドラゴンを懐柔したことを聞きたかったのだと思い、そのときの状況を簡単に説明した。


――が。


ドゥランが気にしていたのは、そこではなかった。


「何ちゃっかりプレゼントされて、それを僕に自慢してるんですか」


「え? なんでって……。

綺麗だったから、見せてあげようと思っただけなんだけど……」


シェリアーナの声は、だんだんと尻すぼみになっていく。


いつにないドゥランの声のトーンに、

自分が何か彼を怒らせるようなことをしてしまったのではないかと、不安になる。


(私に貴重な物を自慢されて、嫌な気分になった? まさか……)


「僕なら、もっと大きな鱗をシェリーさんにプレゼントできます」


無表情のまま堂々と言い張るドゥランに、シェリアーナは思わず椅子からずり落ちそうになった。


「!? 何張り合ってんのさ!」


「張り合ってなんかいません。事実を言ったまでです。だいたい……」


そこまで言いかけたとき、教室のドアが開く音がした。


会話に夢中になっていた二人は、誰かが来たことにまったく気づいていなかった。

慌てて、そろってドアの方を振り向く。


「え、ドゥランさん?」


そこに立っていたのは、大きな箱を抱えた女子生徒だった。


その顔はどこかで見かけたことがあるような気がした。

けれど、どこでだったかまでは思い出せない。


(ドゥランの名前を呼んだってことは、クラスメイトか誰か?)


しかし、彼女の制服のエンブレムは、ドゥランの所属する特進クラスではなく、一般教養科のものだった。

顔つきもまだあどけなく、どう見ても一年生のように見える。


「クィアシーナさん、こんなところで何やってるんです?」


「いや、それ、こっちのセリフなんですが……。

私は創立祭のときに生徒会館に置きっぱなしになっていた備品を返しに来たんですよ」


「昼休みに?」


「昼休みに。放課後はちょっと予定があるんで……」


「察しました。箱を貸してください。私が代わりに片付けておきます」


(なんか、仲いいなぁ)


二人のテンポのいい掛け合いに、それなりに親しい仲なのだと察する。


ドゥランは先ほどクィアシーナと呼んだ生徒に近づき、返事を聞かずに箱をさっと受け取った。


「え、なんかすみません。お言葉に甘えちゃいます」


「いえ、気にせず」


ドゥランと女子生徒の言葉が途切れたとき、彼女はシェリアーナの方を見て、にこりと会釈をした。


感じのいい様子に、シェリアーナも笑顔で会釈を返す。


(会話からして、同じ生徒会の子かな?)


ティラントと犯人探しをしていたとき、彼が書き出した名前の中に女子生徒がいたことを思い出した。

ドゥランは生徒会の会計に属しており、確か庶務の子が一年にいたはずだ。


「私、なんだかお邪魔してしまったみたいですね。それじゃあ、また」


彼女はドゥランに向き直り、別れの挨拶をする。


(いや、邪魔はしてないんだけど……)


「はい、また。お疲れさまでした」


ドゥランは、箱を持ったまま彼女に頭を下げると、さっさと会話を切り上げるように教室内へ戻ってくる。


シェリアーナは彼を手伝おうと席を立ち、慌ててドゥランの近くに駆け寄った。


「手伝おうか?」


「大丈夫です。シェリーさんの手を煩わせるまでもありません」


そう言って彼はシェリアーナの前を通り過ぎ、教室後ろの棚へ箱をさっと収めると、元の場所に戻って腰を下ろした。


「ええと……」


シェリアーナは「あれ、何の話をしてたんだっけ?」と、頬に手をあてて一瞬考え込む。

自分もそそくさと元いた位置に戻り、忘れたことを誤魔化すように――ドゥランをからかうことにした。


「彼女?」


シェリアーナとしては、普段の何気ないやりとりのつもりだった。


ただのいつもの軽口。


しかし、その言葉を口にした瞬間――


教室の空気が、凍りついた。


冷気の元は、ドゥラン。


そのとき、シェリアーナは気づいた。


ドゥランは普段から無表情だと思っていたが、そうではなかった。

今の絶対零度の表情こそが、その証だ。


彼は静かに、周囲の温度を下げる怒りを遺憾なく室内へ撒き散らし、

シェリアーナを無意識のうちに震え上がらせた。


「……本気で言ってます?」


怒りをたえた深い青い瞳が、シェリアーナの瞳を射抜く。


「……すみません、からかってみただけです……」


地を這うような低い声に、ほとんど反射的に謝った。


(そこまで怒らなくてもいいじゃん)


内心では反省ゼロだったが。


「……生徒会の後輩です。彼女には、ハイスペックで無自覚に嫉妬深い恋人がいるので、冗談でもやめてください。彼にシバかれます」


「そ、そうなんだ……」


口を引きつらせながら返事をする。

さっきの彼女は穏やかそうな子に見えたが、なかなか面倒なパートナーをお持ちのようだ。


「それに、僕にはあなたという『飼い主』がいるのに……あんまりだ」


「えー……」


(なんか、拗ねられてる?)


「あのさ、ドゥラン、」


シェリアーナが声をかけるより早く、目の前のドゥランがどこからともなく紙とペンを取り出した。

そして、ささっと何かを書きはじめる。


彼の手元を見て、シェリアーナは気づいた。


こ、この独特の魔法スタイルは――


「今から擬態魔法するの!?」


「……」


ドゥランはシェリアーナの問いに答えない。

静かに詠唱を始め、次の瞬間――


ぱさり、と制服が床に落ちた。


もぞもぞと動く制服の中から現れたのは、

はちみつ色の美しい毛並みをした一匹の猫。


「はっちゃん!」


「にゃー」と鳴く声に、

シェリアーナの目が、今日一番に輝いた。


シェリアーナは、このはちみつ色の美猫様が大好きだ。


一度、彼が元に戻った際に裸を晒して以来、彼はシェリアーナの前で擬態してくれなくなった。

だから彼に会うのは、久しぶりのことだった。


猫になったドゥランはシェリアーナの足元に近付き、彼女の足に身体を何度か擦り付ける。

そしてそのまま軽くジャンプし、当然のようにシェリアーナの膝へと乗った。


その久しぶりに感じる重さと感触に、シェリアーナの胸へなんとも言えない嬉しさが込み上げてくる。


堪らず背中と顎の下を撫でてやると、猫は嬉しそうに目を細めた。


「一体どういう風の吹き回し?

最近、全然はっちゃんの姿を見せてくれなかったのに……」


シェリアーナの疑問に、猫のドゥランが答えられるはずもない。

ただ、その代わりと言わんばかりに前足をシェリアーナの胸元に置き、少し立ち上がるような姿勢になると、猫特有のザラザラした舌で彼女の顔を舐め始めた。


「わぁ!」


(今日、めっちゃサービスしてくれるじゃん!)


正体がバレる前から、この美猫様はつれなかった。

抱っこはさせてくれないし、膝に乗るようになったのも、ごく最近の話だ。


――そんなツンツンはっちゃんが、自分に甘えてくれているだと?


シェリアーナは無意識のうちに、邪魔をしないようそっと彼の背中を撫でていた。


(今日は、サービスデーか)


美猫様はそっと前足を降ろし、シェリアーナの膝を二、三回ふみふみすると、そのまま身体を丸めて昼寝を決め込んでしまった。

静かな教室に、ゴロゴロと喉を鳴らす音だけが響く。


――なんだ、急に訪れたこの幸せな時間は。


シェリアーナはこの状況に戸惑い、複雑な心境になっていた。


もっと触りたい。

けれども、膝から逃げられたくない。


このとき、膝の上の猫が元は人間であることは、シェリアーナの頭からすっかり消え去っていた。

いかにしてこの美猫様を触らずに我慢しつつ堪能するか――そこに己のすべての意識を集中させていた。


――だからこそ、気が付かなかった。


もう予鈴が鳴る時間だということに。



それから数分もしないうちに、授業開始五分前の予鈴が旧校舎内に鳴り響いた。


あれ、もうそんな時間か――と、

シェリアーナが思った瞬間。


膝の上の重さが消えていた。代わりに、自分の膝に大きな人影が落ちる。


「僕からのプレゼント、ドラゴンの鱗よりも良かったでしょう?」


ふと頭上から聞こえてきた声に、反射的に顔を上げた。


目の前にいるのは――


全裸の、ドゥラン。


瞬きするより早く、いつぞやの出来事を思い出した。


当然、シェリアーナは悲鳴を上げた。


「ドヤる前に、服を着ろーーーーーっっっ!!!」


そして、ドゥランが彼女の前で猫になる機会は、

しばらくの間訪れることはなかった。


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