創立祭当日:誰なんだよ、私を介抱してくれた親切な人は。
ふわふわとした肩先まで届く橙色の髪をかきむしりながら、「あああ!」と悩む様子を見せているのは、この学園の生徒、シェリアーナ・クインシー。
彼女は頭を抱えていた。二日酔いによる頭痛のせいだけではない。
自分を介抱してくれた人物が、どうしても思い出せなかったのだ。
◇
昨日、シェリアーナの通う学園で、学園きっての一大イベント、創立祭が開催された。
シェリアーナの所属する二年のAクラスはホーンテッドハウスなるものを展示した。入場費はチケット5枚という強気価格で販売したのだが、これが意外なほどに売れた。飲食以外の屋外展示の人気はほぼ独占していたと言っていいだろう。
Aクラスは魔法の扱いに長けたものが所属するクラスで、各々の魔法を駆使し、視覚、そして心理的にもゾクゾクとするような仕掛けをあちこちに張り巡らせた。一定時間でスタッフを交代することで、リピーターを飽きさせない工夫もした。
その結果、売り上げ総合一位、生徒の人気投票一位、そして外部来場者の人気投票でも一位を獲得した。
すべての賞を総なめにしたAクラスは、そりゃあもう大盛り上がりだった。
創立祭の終了後、片付けを手際よく済ませると、売り上げの半分を使ってクラスで盛大な祝賀会——打ち上げを開催した。
もちろん、担任の監視のもとで、である。
お菓子や食事を飲食店でデリバリーし、飲み物の調達は機嫌をよくした担任が買って出てくれた。
打ち上げの帰宅は夜になることが予想されたため、参加できるのは保護者の許可が下りた生徒のみに限定された。残念ながら、何人かのクラスメートは許可が下りず、泣く泣く家へ帰宅していった。(後日、ランチタイムに別途企画することを学級委員長が約束した。)
この学園は、平民から貴族まで、学ぶ意欲さえあれば誰でもウェルカム、というスタンスで運営されている。魔法を専門に学ぶもよし、経営学を学ぶもよし、淑女教育を専門にするもよし。
悪く言えば雑多、良く言えば多岐にわたるコースが揃っていた。
シェリアーナは一応、男爵家の娘という身分ではあるが、淑女教育を履修できる一般教養科ではなく、魔法を学ぶ専科へと進んだ。というのも、実家はほとんど名ばかりの貧乏貴族であり、彼女は結婚などよりも、自分で稼いで家にお金を入れ、幼い妹弟たちに教育を受けさせたいと考えていたため、安定した職に就けるよう幼少より得意としていた魔法を学ぶことにしたのだ。
彼女が所属するAクラスには平民もいれば貴族もいる。けれども皆身分関係なく仲が良く、魔法という繋がりを持って一致団結をした、他のクラスから見ても雰囲気の良いクラスであった。
創立祭では息の合った連係プレーで客を驚かせ、大成功を収めた。シェリアーナも裏方兼驚かせ役のスタッフの一人であり、全ての部門で自分のクラスが一位を取ったと聞いて「当然!」と思った一人である。
そんな彼女は、もちろん打ち上げに参加した。親は自分がやることに口を出すことはほとんどないので、許可を取るのは容易だった。親の許可が下りなかったクラスメートの全員が高位貴族の生徒だったりする。シェリアーナも、大変だなーと同情はしたが、目の前の楽しみに参加できなかった生徒のことなど頭から早々に消え失せた。薄情だとは思うが、まあそんなもんだろう。
打ち上げの最初は学級委員長が乾杯の挨拶をし、みんなジュースを片手に今日のことについて盛り上がった。「どの客が一番驚いてくれた」とか、「おまえの驚かせ方は最高だった」とか、それから他のクラスの展示の批評や飲食店部門のアレが美味しかった、舞台イベントのあの劇はイマイチだった、企画イベントの○○を探せゲームは苦労したなど、思い思いに今日の出来事を語っていた。
そのうち、皆のグラスの中身が、アルコールに変わった。
一応この国では16歳以上の飲酒が認められている。そのため法律的に問題はない。
しかし、いくら担任の監視下とはいえ、まさか校内でお酒が提供されるとは思っていなかった。
いや、嘘だ。
担任のアリアは酒豪で有名なので、アルコールも買ってきてくれるのではないかと生徒たちは大いに期待していた。そして彼女は生徒たちの期待を裏切らず、エールやワインなどありとあらゆるアルコールを仕入れてくれていた。
「酔いたくないやつはあたしに言いな!酔いを和らげる薬を持ってるから。」一応彼女はそう告げるが、生徒の誰もそれを服用したがるものはいなかった。
クラスメートは例外なくお祭り好き。アルコールに強かろうが弱かろうが、関係なく今日という日を純粋に楽しもうとした。
そして、シェリアーナはというと―――飲みなれないワインを一気に飲んで、ものの数分で出来上がってしまうこととなった。
(世界が回ってる。私は真っ直ぐ立っているはず。だから、まわりの景色が勝手に回転を始めてる…)
シェリアーナは、他人が聞けば意味不明なことを考えながら、ふらつく足取りで壁際まで歩き、グラスを片手にその場へとしゃがみこんだ。
そんなシェリアーナの様子に気づいた友人のカティアが、慌てて駆け寄ってきた。
「シェリー、大丈夫?水持ってこようか?」
「ん…大丈夫、ちょっとふらついただけ。それにしても、楽しいね。これまで頑張ってきたのが報われるって、本当に嬉しい…」
この一か月は放課後、直近一週間に至っては朝早くに登校して準備を進めてきた。勉強と並行しながらの準備は大変でもあったし、ときにはクラスメートと方針の違いで仲違いすることさえあった。しかし、今日という本番を迎え、全て上手くいった。結果よければすべてよし、である。
こんな楽しい時間を、ただふらついたくらいで離脱したくはなかった。
シェリアーナが周囲を見渡すと、ほとんどの生徒がアルコールのグラスを手にしていた。担任のアリアが皆にグラスを振る舞っている。もちろん無理強いはしていないので、酒入のグラスを受け取らずにジュースを飲んでいる生徒もいる。みんな酒精が回ってきたせいか、先ほどよりも陽気で、そして混沌とした空気が、打ち上げ会場となった教室に満ちつつあった。
「お、シェリー、潰れてんじゃん。酒弱かったんだっけ?」
顔を赤くしてしゃがみ込んでいたシェリアーナに軽い調子で話しかけてきたのは、クラスメートのティラント。彼は名門貴族の嫡男であるが、誰に対しても裏表がなく、シェリアーナにとっても、気軽に軽口を交わせる男友達の一人だった。
「何いってんの。わたしはー弱くなんかないですー。まほうせんだって、ティラントに負けたことないでしょー?」
「うわ…、めっちゃ酔ってんじゃん。誰も魔法戦のことなんて言ってねぇよ。ほら、水飲めよ。」
ティラントは自分がチェイサー代わりに持っていた水の入ったグラスを彼女の前に突き出す。しかし、シェリアーナは首を横に振って受け取るのを拒否した。
「うげ、飲みかけじゃんこれ。いらない。それよりも、さっき飲んだカシスのお酒が欲しい。取ってきて。あれめっちゃおいしかったー」
ずうずうしいシェリアーナの物言いに呆れた様子を見せつつも、素直にカシス酒を取りに行こうとするティラントを、そばにいたカティアが静止する。
「ティラント、シェリーの言葉、真に受けないでね。多分、いまカシス酒なんて飲んだら、この子ここで一晩中眠りこけると思う。」
カティアの言ってることは間違いなく正しい。
シェリアーナの目はほとんど閉じかかっており、あと一息で寝落ちしそうになっていた。
「もう、カティアってば、余計なこといわないでよー!」
しゃがみ込んだままカティアの膝をぽかぽかと軽く叩く。シェリアーナの様子は、どう見ても酔っ払いそのもの。カティアははいはい、と適当にシェリアーナを宥める。
「水ー、水いる人ー?」
学級委員のバルザスが、水入りのグラスをトレーに並べて配り歩いている。
彼は厳つい見た目に反してクラスのお母さん的な存在であり、こんなときでも周りの状況に流されず周囲を気遣って回っているようだ。
「はいはい、こっちに一つ頂戴。」
ティラントがつかさずバルザスから水を受け取り「ほら、これなら口付けてないから一口飲んどけ。」と言ってシェリアーナへと手渡す。
「いらないのに…」
シェリアーナは渋々ではあるがグラスを受け取り、仕方なしに口をつける。
と、そこへカティナの彼氏であるトリスタンがスナックを持って現れた。
「カティナ飲んでる?」
「うん、ちょっとだけね。」
トリスタンがカティナの口にスナックを一口持って行く。それをカティナは何のためらいもなくパクリと咥えて咀嚼する。
カティナとトリスタンは創立祭の準備で急接近し、付き合い出したカップルだ。ちなみにカティナとトリスタンのカップルの他に、イベント効果で付き合い出したカップルが、あと二組もクラス内にいたりする。
「いいな~わたしも恋人ほし~」
なんとなく口から出た言葉だった。実際はそこまで欲していない。
けれども、隣でカティナとトリスタンカップルのやりとりを見ていると、青春を謳歌しているなと、つい羨ましくなってしまった。
「え、シェリーって恋愛に興味あったの?」
カティナが驚いた様子でシェリアーナに尋ねる。
「私だって、まったく無いわけではないよ。私をドロドロに甘やかしてくれる、私に忠実な人がどこかに転がってたら、間違いなく拾うくらいには…」
「「いねぇよ」」
ティラントとトリスタンが同時にツッコミを入れる。
「だよね。うん、知ってた。」
水を飲みながら呟く。ただ理想を語っただけだ。実際そんな人が身近にいるなんて思ってない。ただ、私は私のことを好きになってくれる人を好きになるだろう。それくらい恋愛に対しては受け身なのだ。
「シェリーって密かに人気あるの知ってた?でも本人が恋愛に興味なさそうだからって、そういう雰囲気にならないようにみんな気をつかってんだよな。」「シェリーって純粋だし、可愛いもんねぇ。」
トリスタンがこっそりとカティナに耳打ちする。シェリアーナから見れば、おいおい、またなんかいちゃついてるよ、状態である。
「ちょっとー。いちゃつくなら教室外でやってくださいー目の毒ですー。…ふあ…眠いわー…」
しゃがんだまま、いちゃもんをつけるシェリアーナ。しかし、その頭はすでに船を漕ぎ始めていた。
ほとんど眠っている状態で、教室の扉付近から聞こえてくる声を耳にする。
「生徒会の見回りです。Aクラスの皆さん、あと30分で下校お願いします。」
見回りに来たのはシェリアーナたちと同じ二年生であり、生徒会の会計を担当しているドゥラン。
生徒会のメンバーは漏れなく良家のご子息ご令嬢で固められており、さらに顔採用の項目があるのかと思うくらい、皆一様に容姿が整っていたりもする。ドゥランも例に漏れず、高位貴族かつ蜜色の髪に深い青い目と非常に整った顔立ちをしており、Aクラスの女子たちからは「ドゥランくんお疲れー」「ちょっと休憩していかない?」「良かったらこれ食べてよ。」と、次々に声をかけられていた。
生徒会の者たちは、創立祭の準備のときから、遅くまで残っている生徒に対し、交代で下校を促していた。学園には別途警備員も見回りにあたっていたが、彼らは主に外部からの脅威に備えての巡回を行っていた。一方、生徒会の面々は、生徒の安全と規律を守るために見回りをしていた。創立祭はすでに終わったというのに、最後までご苦労なことである。
女子たちがドゥランの訪れに湧く中、シェリアーナと言えば、彼とはこれまで個人的に絡んだことがないため、「いいとこの坊ちゃんなのに、毎度ご苦労様」と心の中で彼のことを労わるに留まった。
あと30分と聞いて、カティナたちは残った食べ物を取りに、ティラントも他の友人に話しかけに行ったようだ。
シェリアーナの周りは急に静かになった。それをいいことに、水の入ったグラスを片手に、とうとうお尻を床につけ、彼女は本格的に寝ようとした。
何人かの女子生徒が「大丈夫?」と心配して声をかけてくれたが、彼女は「大丈夫。あと30分、楽しんで」と答え、一人で壁際に佇んだ。
と、そんなシェリアーナの隣に、一人の生徒が腰を下ろす。
「シェリーちゃん、まだ宴は終わってないよ?ほら、目、開けてよ。今から最後の締めでフォークダンスをするよ。」
彼女を揺すり起こすのは、自称・色男のナバールだ。
彼は隣国に貴族籍を持つ、どこか浮世離れした生徒である。褐色の肌に黒く長い髪という異国情緒あふれる容姿をしており、クラスでは常に盛り上げ役を買って出ている。
今回の出し物も、彼が創立祭の実行委員となり率先して皆を盛り立てたおかげで、一致団結してここまでのものが出来上がったと言っても過言ではないだろう。
「えー…めっちゃ眠いんだけど。」
「そんなこと言わずに。ほら、手貸して。」
立ち上がったナバールにぐいっと腕を引き上げられ、シェリアーナは無理やり立たされた。が、酔いと眠気でぐわんっと足元がふらつく。
「うわっ、しっかりしてよ。ほら、これ飲む?」
「ん」
ナバールに抱き留められながら、差し出された少し黄色がかった飲み物を一口飲む。
「げっ、キッつ!なにこれ!?」
「うん、蒸留酒のショット。目、覚めたでしょ?」
「ひー気持ちわるッ!うえ~」
初めて飲んだ濃いアルコールの味わいに、舌と喉が痺れる。
「こっちこっち。」
ナバールはシェリアーナの言葉を無視して教室の中心へと誘い出す。クラスメート数人が楽器を持って音楽を奏で、その他の皆がリズムに乗って踊り始める。
くるくると円を描くように、手と手を繋いでパートナーが入れ替わっていく。
シェリアーナは最初、ナバールに無理やり連れてこられたことで不機嫌な態度を取っていたが、踊っているうちにそんなことはどうでもよくなっていた。
みんな笑顔にあふれ、陽気に踊って・・・ああ、この楽しい時間がずっと続けばいいのに。
・・・そう思いながら、シェリアーナはバタン、とその場に倒れた。
当然の結果である。
追い打ちをかけるように度数の強いアルコールを飲んだ上、身体を激しく動かしたのだから、そりゃ酔いも回るであろう。
「シェリアーナ!?」「誰か!手を貸して!」「水!水飲ませろ!」「今は動かさないで!保健室に運ぶのは後ででいいから!」
クラスメートたちの声が聞こえる。が、目がチカチカして前が見えない。そして猛烈に眠い。
ほとんど意識のない中で、いつの間にか感じる浮遊感。
朦朧としながらも、ふいに鼻をかすめた香り。
身体に伝わる、ベッドの固い感触。
――そして、頭を撫でられた後に、唇へ触れた、柔らかな感触。
次にシェリアーナが目を覚ますと、そこは保健室だった。
いつの間にか、親が学園まで迎えに来ていたらしい。心配を通り越して呆れた様子の彼らに身体を支えられながら、家へと帰る。
シェリアーナは帰宅するとそのままベッドへ倒れ込み、朝起きたときには信じられないくらい頭がガンガンしていた。
まだアルコールがしぶとく残っていたため、トイレに行くだけでも足がふらつく。
そして…何度か嘔吐してすっきりした後には、凄まじく怒り狂う両親からの説教が待っていた。
「学校からおまえが倒れたと連絡があったときは、心臓が止まるかと思った。それくらい本当に心配したんだぞ。けれども慌てて駆け付けて見れば、泥酔して眠り込んでいただけだったとは…仮にもおまえは貴族の令嬢なのだ。恥を知りなさい。今後酒を飲むのは一切禁止だ。」――父親からはお酒禁止令が出された。
そして母親からは、
「本当に困った子ね……まあ、学校でお酒を振る舞うのもいかがなものかと思うけれど。
とにかく、シェリーを介抱してくださった方に、家からお礼をしたいの。だから、どなただったのか、教えてくれないかしら。」と告げられた。
どんな見た目だったのかと彼女が問えば、
「それが…よく覚えていないのよねぇ…私たちは頭を下げっぱなしで。その方は、保健室までシェリーを運んだあとずっと、あなたに付き添ってくださっていたらしいの。私たちとしたことが、うっかり名前をお伺いするのを忘れてしまったわ。ほほほ。」
はて。
私のことを介抱してくれたのって、一体誰だ?
Aクラス登場人物
主人公:シェリアーナ
女友達:カティナ
男友達:ティラント
カティナの彼氏:トリスタン
創立祭実行委員:ナバール
学級委員:バルザス
担任:アリア
Aクラス外
生徒会会計:ドゥラン




