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私にキスをしたのは。



「シェリアーナ!?」「誰か!手を貸して!」「水!水飲ませろ!」「今は動かさないで!保健室に運ぶのは後ででいいから!」


一緒に踊っていたはずの彼女が、目の前でバタンと倒れた。


崩れ落ちた瞬間、慌てて浮遊魔法で抱き留めたので、幸いにして頭は打ってない。どうやら、先程自分が渡したきつめの酒のせいで、酔った彼女にとどめをさしてしまったらしい。


みんなが彼女の周りに駆けつける。


ティラントが彼女の耳元で声をかけ、委員長が外へ飛び出し保険医を呼びに行き、アリア先生が必死に水を飲ませる。Cクラスのダルカス先生が騒ぎを聞いて駆けつけ、脈と体温を確認する。カティナはアリア先生に指示され、伝達魔法で彼女の家にメッセージを送っていた。


うん、十分だ。

自分の出番は今の所ないので、近くから見守ることにする。


と、そこに「大丈夫ですか!?」見回りでAクラスに来ていたドゥランが血相を変えて輪に加わってきた。

普段ほとんど表情を変えない彼が、倒れたシェリーの様子を見て、自分と初めて旧校舎で会ったときのように顔を真っ青にしている。


「大丈夫、呼びかけにはほんの少し反応しているから、意識障害の症状はでてないよ。痙攣もなし、呼吸も正常、唇の色も変わりない。水もなんとか飲めてるようだし、病院にいくまでもないと思う。ただ、ここで寝かせるわけにはいかないから、保健室に運んだ方がいいかも。それと、症状が急変したら危ないから、付き添いは必須ね。」


シェリーの様子から症状を判断し、その内容をドゥランに伝えながら、周囲にも聞こえるように声をかけた。

こういうとき周囲はパニックに陥りやすい。だが、冷静に対応することこそが正しい処置だ。

何より、例年生徒を潰しにかかっているアリア先生が慌てていないのだから、大事には至らないだろう。


「私が責任をもって彼女を保健室まで運びます。自分は、生徒会の者ですから。」


ドゥランがみんなに向かって申し出るも、「いや、申し出はありがたいんだけど、先生たち教師は生徒に対して責任がある。先生が保健室まで運んで、親御さんが迎えに来るまで付き添うから、大丈夫だよ。」と、ダルカス先生にやんわりと断られてしまった。


ドゥランの顔は、明らかに納得がいかないという顔をしている。

彼が猫のときにシェリーに可愛いがってもらってる話は聞いていた。今の彼は、ご主人を取られてしまった様な、複雑な心境なのだろう。なおもダルカス先生に食い下がろうとしているが、うまい言い訳が思い付かないように見えた。

そんなドゥランの様子をみて、つい、助け船を出してあげたくなった。

…ここで、彼に恩を売っておくのも悪くない。


ドゥランの元まで近づき、彼の耳元でささやく。


「こういうときこそ、認識阻害の魔法じゃない?細かい部分は、僕が手伝ってあげる。」


彼はハッとした表情をし、自分に向かって「お願いします。」と呟いた。


ドゥランの認識阻害の魔法の展開で彼の存在がみんなの記憶から曖昧になる。


その隙に、自分が暗示の上掛けをする。この魔法は、彼の考えた認識阻害の魔法を転用させたものである。

全く、よくこんな面白いことを考え付くものだ。本当にこの学園は面白い人材がゴロゴロと転がっている。


"シェリアーナは保健室に運ばれた。後片付けをして、真っ直ぐ帰るように。"


ただ、それだけの内容をこの場の人間に刷り込んでいく。


自分がドゥランに合図を送ると、彼は丁寧にシェリーを抱え、ゆっくりと教室を出ていった。


クラスメートたちはぼんやりとその場で動きを止めている。その止まった時間を再び動かすように、アリア先生へと呼びかけた。


「先生、シェリーちゃんも保健室に運ばれたことですし、後片付けをしませんか?」


自分の声をきっかけに、先生はハッと我に返り、生徒たちに指示をはじめた。

「もうお開きの時間だね。よし、みんな、手分けして片付けるよ!」

先生の声に、生徒たちも反応し、止まっていた動きを再開しはじめる。


「ゴミはこっちな。分別しろよー。男子は机動かして。あと、手ぇ空いてるやつは机拭いて。」


ティラントが場を仕切って片付けを進めていく。


「飲み残した物は、トイレに流してきてね。」


委員長も細かい指示を出し、各自てきぱきと動き始める。


本当、このクラスの連中は役割分担が上手だ。


「ほら、ナバールも手伝ってよ。」

「えー?うん、わかった、余ってるお菓子、みんなに配ってまわるね。」


力仕事はごめんだ。自分がやる必要はない。

適材適所というものがある。


――さて、片付けが終わったら、二人の様子をこっそり見に行くか。ドゥランにはAクラスの撤収を伝えてあげなければ。





暗示が途中で解けることもなく、クラスメートも先生も片付けが終わると真っ直ぐ家へと帰っていった。

自分はというと、みんなと一緒に帰ったふりをして、途中でひとり学校へと引き返した。校舎を見ると、明かりがついているのは管理棟の保健室だけになっていた。


保健室に足を踏み入れると、奥のベッドにはシェリーが横たわり、そのそばの椅子にドゥランが腰かけていた。自分が入ってきたことに気付かない彼に、静かに声をかける。


「お疲れ様。どう?寝てる?まだご両親は来てないんだね。」


ドゥランは自分の姿を見て、まさかここに来るとは思っていなかったのだろう、「ナバールさん」と一瞬驚いた様子を見せた。


「はい、様子も変わりなく、ぐっすりと眠っています。親御さんはまだ来られてないですね。それより…先程はありがとうございました。」


ドゥランが律儀に頭をさげてお礼を言う。別に、こちらとしては貸しを一つ作っただけである。


「君が珍しく困ったような顔をしてたからね。それより、みんなはもう、戻ってこないよ。さっき片付けも終わって帰っていったから、Aクラスにはもう先生含め誰も学校に残ってないよ。ドゥラン、君、見回り途中だったんでしょ?ここは僕が付き添うから、もう生徒会館に戻りなよ。」


そう交代を促すも、意外にもドゥランは難色を示した。


「いや、でも、」


ああ、一緒についててやりたいのか。

ふと足元を見ると、シェリーのものと思われる一足の靴が見えた。


「ご丁寧に靴も脱がしてやったんだね。」

「はい、 そのほうが彼女も楽だと思ったので。」

「で、他には、何も手を出したりなんかしてないよね?」


念の為ではあるが、一応確認をしておく。彼は真面目だけど、時折突拍子もないことを仕出かすから、油断がならない。


すると、いつも表情筋が死滅していて滅多なことで顔色を変えない彼が、その顔をみるみる赤くしていった。


まさか…


「ええと…」

「ええと?」

「手、出しました…ごめんなさい。」


そのまさかだった。衣服が乱れてるわけではないので、乱暴な類のことはしてないと思う。しかし…


「…猫が少しちょっかいかけただけ、だよね?」

「!」


自分でもびっくりするくらい、冷たい声が出た。

大方、彼女の匂いに吸い寄せられるように触れてしまったんだろう。でも、それは猫が主人に構って欲しくてやっただけ。そう解釈しないと、胸の奥のざわつきが収まらなかった。


「はい、すいません、つい、じゃれついただけ、です。」


ドゥランが肯定すると、少しざわついた気持ちが落ち着いた。せっかく貸しを一つ作ったと思ったが、ここでもう返して貰うことにする。


「じゃあ、もう満足できたでしょ?ここからは僕が付き添うから、もう行って。」


「…………はい。」


あまり納得がいってないようだが、彼は静かに椅子から立ち上がった。


「大丈夫、僕もあとで自分に認識阻害の魔法をかけておくから。だって、せっかく君がここまで運んでくれたのに、迎えに来た彼女のご両親や目が覚めたシェリーちゃんは、僕が介抱してやったって勘違いしちゃうでしょ?」


「…お気遣い感謝します。では、失礼します。」


ドゥランが部屋から出ていくと、すぐに認識阻害の魔法を自分に向けて展開する。ドゥランの魔法の見様見真似なので、細部は適当だが、それほど効果に差はないだろう。


(それにしても)


なんとも気持ちよく寝ている。

シェリーは顔を少し赤らめ、静かな寝息を立てていた。


ドゥランと二人で会話をしていたときも、全く起きる気配はなかった。なんなら今の魔法で刺激され、起きてしまうかとも思ったが、それも気鬱だったようだ。


「飼い猫に噛まれるなんて、少し油断しすぎじゃない?」


彼女に問いかけるも、もちろん返事はない。


ドゥランは、生徒会としての責任感、そして飼い主を守ろうとする本能に突き動かされて、シェリーを介抱したいと思っていたのかと思った。

――だが、それはどうやら自分の思い違いだったらしい。


「話が違うよね。」


彼女の頭をゆっくりと撫でる。ふわふわの橙色の髪はとんでもなく柔らかい。


自分だって、最初の頃は、何とも思っていなかった。

ただのクラスメイトで、少し人見知りはあるが、仲良くなるととても気安い態度で接してくる、いたって普通の女の子。


その認識が変わったのは、初めてペアを組んだときだろうか。

自分が引っ張ってやるか、くらいの気持ちで臨んだ授業だったのだが、彼女は息をするように魔法を展開し、難解な課題をなんなくクリアしていった。自分の出番は、一切なかった。

彼女は魔力量が特別多いわけではないのに、なぜか理解力がずば抜けていた。授業で習った魔法なら、すぐに自分のものにして自在に操ってしまう。そのことを褒めると、彼女は決まって「だって授業で習ったじゃん」と、あっけらかんと答えるのだった。

習ったからといって、手先の動きだけで魔法を展開するなんて、普通はできないことなのだが。


いつしか彼女を目で追っていて、そのさっぱりとした性格も、ふわふわの髪も、自分の理不尽な要求にしぶしぶ答えてくれる姿も、全てが「手放したくない」ものになっていた。



「横からかっさらっていこうとするなんて、ちゃんと躾しないとね。」


彼女は恋愛にまるで興味がない。

だから、必要以上にそういう雰囲気を出さなうように気を付けていた。けれども…


撫でていた手を止める。


そして、そのまま引き寄せられるように、身をかがめた。




(おわり)

最後までお読み頂きありがとうございました。

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