12.犯人はあの人で間違いない
生徒会館内に、授業開始前の予鈴が鳴り響く。
しかし、応接室の二人はその音に、何の反応も示さなかった。
「……」
「……」
沈黙が、しばらく部屋を支配する。
シェリアーナは、自分の魔法が失敗したとは思っていなかった。
扱える魔法には絶対の自信があり、探知魔法の精度は先生のお墨付きだ。
では、一体なぜ――猫、はっちゃんを探すはずの魔法が、ドゥランを指し示しているのだろうか。
――目と目が交錯するが、なんと声をかけていいか分からない。
「あの……」
先に沈黙を破ったのは、ドゥランだった。
その声に、シェリアーナははっと我に返る。
「これ、いつまで光ってるんですか?」
キラキラと発光し続けるドゥランに、光に目が慣れてきたとはいえ、いい加減眩しかったのだろう。
「あ、すいません。いま解除します」
シェリアーナが右手で払う仕草をすると、ドゥランの周りを照らしていた光は、フッと消えた。
その様子を見て、ドゥランは感情の乗らない声で呟く。
「……本当、息をするように魔法をお使いになるんですね」
「あーまあ、これでも一応Aクラスなんで」
変な謙遜はしない。Aクラスの生徒たちは、魔法を専科として学んでいるのだ。Sクラスとは異なり、魔法を扱えるのは当然という認識だった。
ドゥランはシェリアーナの返答に一瞬目を細め、それから声を落として言った。
「いま、予鈴が鳴っていましたね」
暗に急がなければならないことを促すその声に、シェリアーナは我に返る。
「あ、そうでした。早く行かなきゃ、授業に遅刻しちゃう」
教室棟のある本校舎と生徒会館は距離が離れている。今から走って、なんとか間に合うかどうか、といったところだ。
「Sクラス近くでいいなら、転移式があるので、こちらへ一緒に付いて来てください」
「え!? 転移式があるんですか!? うそ、すごい!」
シェリアーナは目の色を変えた。
転移式とは、魔法陣が描かれた場所から別の場所へ瞬時に移動できる魔法具の一つである。
しかし、国内で広く普及しているわけではなかった。転移式の設置には国への申請が必要で、専用のライセンスを持った業者しか設置・メンテナンスができない。初期費用はもちろん、維持費もそれなりにかかるため、経済的に余裕のある者か、学校などの大きな団体でしか利用されていないのが現状だ。
それだけに、まさかこの学園で、しかも生徒会の人間が使用しているとは、思ってもみなかった。
シェリアーナはドゥランと共に応接室から廊下へ出ると、彼はすぐ向かいの扉を開けた。
扉の先には、二人ほどが入れる狭い空間が広がり、床には小さな魔法陣が描かれていた。
「この魔法陣は、生徒会メンバーにのみ発動するよう設定されています」
「え……なんだ。じゃあ、私は使えないじゃないですか……」
話が違うではないか。こんなことなら、この部屋に来る前に本校舎まで走ったのに……。
遅刻確定だと悟り、シェリアーナは目に見えてガッカリした。だが、ドゥランはそんな彼女に首を横に振った。
「いえ、生徒会メンバーの持っている荷物も、きちんと転移するようになっています。なので……ちょっと失礼します」
「!?」
ドゥランはシェリアーナの後ろに立つと、軽く屈んで彼女の身体をヒョイと抱き上げ、そのまま横抱きにした。
「ちょ、ちょっと、いきなり何するんですかっ!? おろして!」
ドゥランの突然の行動に、シェリアーナは慌てふためく。
だが、そんな彼女とは対照的に、彼はどこまでも涼しい顔をしていた。
「忘れものは無いですか?」
「へ? ……たぶん」
(いや、忘れものの確認どころじゃないんだけど、今どういう状況、これ!?)
何の躊躇いもなく、ドゥランはシェリアーナを横抱きにして転移陣の中へ足を進める。
シェリアーナは何度も「降ろして」と懇願するが、彼は耳を一切貸さない。
持っているカバンをぎゅっと抱き締め、どうしていいか分からず固まる。
ドゥランはそんなシェリアーナの様子を見て、緊張しているようにでも見えたのだろう。
「怖がらくて大丈夫、転移は一瞬だから」
「いや、そうじゃなくて……!」
(転移にびびってる訳じゃないから!)
心の中で盛大にツッコミを入れつつ、シェリアーナは早く転移してほしいと念じた。
「じゃあ行きますよ。しっかり私に捕まって」
自分から彼に触れるのは少し抵抗があった。だが、もし彼の言う通りにせず転移に失敗したら大変だし、授業に遅刻するのも嫌だった。
渋々ながらも、シェリアーナは片方の手でカバンを抱き締め、もう片方の手でそっと彼のブレザーを掴んだ。
それを合図に、ドゥランが何か呪文を唱えると、二人の周りの景色がグニャリと曲がり始めた。
その瞬間、シェリアーナは強烈な浮遊感に襲われる。
鼻を掠める懐かしい香りとともに――
あの日、創立祭での状況を思い出すような感覚が、身体中に広がった。
◇
「……ティラント、ちょっと。」
「ん?どした?」
休み時間、シェリアーナはティラントを呼び、教室の隅へこそこそと移動する。
「やっぱり、ドゥランだったっぽい。犯人」
彼女は他の人に聞かれないよう、小さな声でティラントの耳元に自身の予想を告げた。
「え!? 本人に確認したのか!?」
「ううん、そうじゃない。直接確認はしてないんだけど、今朝ちょっと色々あって……。でも、彼だって確信できた。昼休みになったら、またドゥランに会いに行って、ちゃんと確かめるつもり。で、悪いんだけど……一緒に付いてきてくれない?」
「朝に色々あったって……てか、それ、俺が付いてってもいいの?」
「うん、やっぱりSクラスに一人で行くのは心細いし、それに彼、何考えてるかわからないから二人きりは怖いんだよ……」
◆
「着きました。」
淡々と言って、ドゥランはゆっくりとシェリアーナを地面へと降ろした。
本当に、一瞬での転移だった。
生徒会館からの転移先は、Sクラス横の非常階段の最上階。
普段は立ち入り禁止の立て札が立てかけられ、生徒が出入りできない場所だ。
まさか、こんな場所に転移式を設置していたとは思わなかった。
おそらく、自分が知らないだけで、学園のあちこちにこうした転移先が設定されているのだろう。
「ここからAクラスまでは少しかかると思いますので、急いでください。」
「あ、はい。あの……ありがとう。」
ドゥランには確認したいことが山ほどある。
何なら、今の件で文句だって言いたい。
しかし、ここで引き止めれば、確実に二人とも遅刻してしまう。
結局、彼に転移のお礼だけを言い、シェリアーナは階下にあるAクラスの教室へと急いだ。
そして、ふと気付く。
(ん? 待てよ、私、あの人に会ったのに何も解決してないじゃん!)
打ち上げの話は避け、猫の件を確認した結果、余計な謎が増えただけだ。
収穫といえば、ドゥランから香った懐かしい匂い――。
あれは、間違いなく創立祭のときに嗅いだもの。
保健室へ運ばれたとき、そして――はっちゃんを猫吸いをしたとき。
頭の中を整理しようにも、情報が多すぎて混乱する。
だが、確信したことが一つだけある。
あのとき、私を運んでキスをした相手は……間違いなくドゥランだ。
◆
「二人で何話してるのー? 僕も入れてよ!」
「! ナバール」
こそこそと話していたシェリアーナとティラントの元へ、ナバールが割り込んできた。
彼は面白そうな匂いを嗅ぎつけると、こうして誰かに絡んでくる。
シェリアーナは一瞬面倒だと思ったが、まあナバールなら害はないだろう、とティラントと話していた内容をそのまま伝えた。
「昼休みに、生徒会の人のところまで付いて来て欲しいって、ティラントに頼んでたところだよ」
「生徒会? なんで? シェリーちゃん、何か相談事でもあるの?」
「ああ、シェリーが創立祭で倒れたときに介抱してくれた人を探してるの。ほら、みんな記憶がないって話してたやつ。そいつを見つけるために、生徒会で同じ二年のドゥランに相談しに行こうとしてるんだ」
ティラントが彼女に代わってナバールに説明する。
本当は相談ではなく、本人確認をしに行くのだが、余計な口は挟まないでおいた。
「まだ探してたの? もう創立祭から四日も経ってるけど」
「四日経って、ようやく真相にたどり着けそうなの」
「真相ねえ……。ね、それ、僕が代わりに付いていってもいい?」
「え、ナバールが?」
シェリアーナはティラントの方をちらりと見る。
ドゥランと二人きりにならないなら、ナバールでも構わない。ちなみにカティナに付き添いを頼まなかったのは、今日の昼はトリスタンと二人で過ごすと聞いていたからである。
「俺は、シェリーがいいなら代わってやっても構わないんだけど……」
ティラントも横目でシェリアーナに視線を送るが、彼女の返事を待つより早く、ナバールがさりげなくその手を取り、顔を覗き込んできた。
「だって。ね、ね、いいでしょ、シェリーちゃん。僕と一緒に行こ?」
何か面白いことを期待しているような顔だが、実際はそんな楽しいことでもない。
「じゃあナバールにお願いしようかな……でも、面白いことはないと思うよ?」
「いいのいいの。で、ドゥランとは約束してるの?」
「ううん、してない。昼休みに押し掛けるつもりだった……だから付いて来て欲しかったんだ。一人でSクラスに行くのは緊張するから」
「じゃあ、僕が連絡入れといてあげるよ」
言うや否や、ナバールは指先をくるんと回し、伝達魔法を展開した。
伝達魔法とは、口頭で設定した宛先に自分の声を届けることができる魔法である。音速で相手に届くため、急ぎの場面ではよく利用されていた。
『次のメッセージを二年Sクラスのドゥランまで届けること。ただし、このメッセージが聞こえるのは本人のみとする。"はぁい、ドゥラン。昼休み、旧校舎の備品倉庫まで来てね。絶対だよー約束だよー"。』
「よし、完了。あ、待ち合わせ場所、勝手に旧校舎の倉庫に設定しちゃったけど、良かった?」
「うん、ありがと。ていうか、ナバールって、ドゥランと知り合いなの?」
ずいぶん砕けたメッセージを送ったものだと、シェリアーナは不思議に思って彼に尋ねた。
「そうだよ。知らなかった?」
――知らなかった。
意外なところで繋がりがあったものだ。
でも、ナバールは顔が広いので、生徒会の人と繋がりがあるのも納得できた。
「じゃあ、昼休みになったらすぐ向かおうか。時間を伝えるのは忘れちゃったけど、彼なら寄り道せずさっさと来てくれるんじゃないかな」
「わかった」
いつの間にか、ナバール主導になっている気がしないでもないが、彼のおかげでSクラスに突撃せずに済んだのはありがたかった。
ドゥランに会ったら、まず何を尋ねるべきか……。
今朝の二の舞だけは、絶対に避けたい。
シェリアーナはふうっと息を吐き、胸の奥で小さく決意を固めた。




